・・・興奮が来ると人前などをかまってはいない父の性癖だったが、現在矢部の前でこんなものの言い方をされると、彼も思わずかっとなって、いわば敵を前において、自分の股肱を罵る将軍が何処にいるだろうと憤ろしかった。けれども彼は黙って下を向いてしまったばか・・・ 有島武郎 「親子」
一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。意地の悪い言い方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急なる」とい・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・けれど、彼女という言い方にはなにか軽薄な調子があった。「いや、べつに……」「嘘言いなはれ。隠したかてあきまへんぜ。僕のことでなんぞ聴きはりましたやろ。違いまっか。僕のにらんだ眼にくるいはおまっか。どないだ? 聴きはれしめへんか。隠さ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・などという言い方は、たぶん講義録で少しは横文字をかじった影響でしょうが、その講義録にしたところで、最初の三月分だけ無我夢中で読んだだけ、あとはもう金も払いこまず、したがって送ってもこなかった。が、私はえらくなろうという野心――野心といったの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・「けったいな言い方やねんなあ。嫌いやのん、それとも好きやの。どっちやの」 好きでもないのに好いてると思われるのは癪で、豹一は返答に困った。しかし、嫌いだというのは打ち壊しだ。そう思ったので、「『好き』や」 好きという字にカッ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・という言葉の言い方である。ちょっと肩を前へ動かせて、頭は下げたか下げないか判らぬぐらいに肩と一緒に前へ動かせ、そして「どうぞ……」という。「どう」という音を、肩や頭が動いている間ひっぱって、「ぞ」を軽く押える。この一種異色ある「どうぞ……」・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・俗な言い方をすれば、驚いているひまもない。 二「何でも売っている」 大阪の五つの代表的な闇市場――梅田、天六、鶴橋、難波、上六、の闇市場を歩いている人人の口から洩れる言葉は、異口同音にこの一言である。 思えば・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・では、郷を去るまでだ、俺は俺の頭を守ると、私は気障な言い方をして、寮を去り下宿住いをした。丁度満州事変が起った直後のことであった。 寮生はすべて丸刈りたるべしという規則は、私にとっては奇怪な規則であった。私は何故こんな規則が出来たのだろ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 思えば、気の小さい、そんな男のことなどをあばいた本など、たいして売れもしなかっただろうと、おれは思っていたが案に違って、誇張めいた言い方をすると、瞬く間に版を重ねて、十六版も出たという。お前は知るまいが、初版は千五百部で以後五百部ずつ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ちょっと嘘のような、とってつけたように勝子が言った。言い方がおもしろかったので皆笑った。――美人の宙釣り。力業。オペレット。浅草気分。美人胴切り。 そんなプログラムで、晩く家へ帰った。 病気・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫