・・・という短篇集を、私が中学時代に愛読いたしました。誠実にこの鴎外全集を編纂なされて居られるようですが、如何にせんドイツ語ばかりは苦手の御様子で、その点では、失礼ながら私と五十歩百歩の無学者のようであります。なんにも解説して居りません。これがま・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は、その大家族の一人一人に就いて多少の誇張をさえまぜて、その偉さ、美しさ、誠実、恭倹を、聞き手があくびを殺して浮べた涙を感激のそれと思いちがいしながらも飽くことなくそれからそれと語りつづけるに違いない。けれども、聞き手はついにたまりかねて・・・ 太宰治 「花燭」
・・・お礼の言葉が短かすぎて君はたいへん不満のようですが、お礼には、誠実な「ありがとう」の一言で充分だと思う。他に、どんな言葉が要るのですか。あの時には、自分は未だ君の作品を、ほとんど読んでいなかったのです。 けれどもいまは、ちがいます。自分・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 『創作』という言葉を、誰が、いつごろ用いたのでしょう、など傍の者の、はらはらするような、それでいて至極もっともの、昨夜、寝てから、暗闇の中、じっと息をころして考えに考え抜いた揚句の果の質問らしく、誠実あふれ、いかにもして解き聞かせてもらい・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ある先生方からは研究に対する根気と忍耐と誠実とを授けられた。熱と根気さえあれば白痴でない限り誰でもいくらかの貢献を科学の世界に齎し得るものであるという確信を、先生や先輩に授けられたことが一番尊い賜物であるように思われる。 科学の知識はそ・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・ただし、そういう役に立つためには記録の忠実さと感想の誠実さがなければならないであろう。 これが私の平生こうした断片的随筆を書く場合のおもなる動機であり申し訳である。人にものを教えたり強いたりする気ははじめからないつもりである。 集中・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・一通りの知識と熱心と忍耐と誠実があらば、そうそう解決のつかぬような困難の起る事は普通の場合には稀である。そのうちに生徒の方でも実験というものの性質がだんだん分って来ようし、教員の真価も自ずから明らかになろうと思う。そういう事を理解するだけで・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・十段目に、初菊が、あんまり聞えぬ光よし様とか何とかいうところで品をしていると、私の隣の枡にいた御婆さんが誠実に泣いてたには感心しました。あのくらい単純な内容で泣ける人が今の世にもあるかと思ったらありがたかった。我々はもっとずっと、擦れてるか・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・ジョン・モーレーのいった通り何人にもあれ誠実を妨ぐるものは、人類進歩の活力を妨ぐると一般であって、その真正なる日本の進歩は余の心を深くかつ真面目に動かす題目に外ならぬからである。」 余は先生の人となりと先生の目的とを信じて、ここに先生の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・彼は遂に知識の客観性を、神の完全性に、神の誠実性に求めた。デカルトのかかる考といい、ライプニッツの予定調和といい、時代性とはいえ、鋭利なる頭脳に相応しからざることである。デカルトの如く我々の自己を独立の実体と考える時、神の存在との間に矛盾を・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫