・・・――式はもう誦経がはじまっていた。 僕は、式に臨んでも、悲しくなる気づかいはないと思っていた。そういう心もちになるには、あまり形式が勝っていて、万事がおおぎょうにできすぎている。――そう思って、平気で、宗演老師の秉炬法語を聞いていた。だ・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・と云いかけながら、急に皮肉な調子になって、「今宵は、御行水も遊ばされず、且つ女人の肌に触れられての御誦経でござれば、諸々の仏神も不浄を忌んで、このあたりへは現ぜられぬげに見え申した。されば、翁も心安う見参に入り、聴聞の御礼申そう便宜を、得た・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・ 戦死者があると、いつも、もと坊主だった一人の兵卒が誦経をした。その兵卒は林の中へもやって行った。 林の中に嗄れた誦経の声がひゞき渡ると、薪は点火せられ、戦死者は、煙に化して行くのだった。薪が燃える周囲の雪が少しばかり解けかける。・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫