・・・ホテルのポルチエーが自分を小蔭へ引っぱって行って何かしら談判を始める。晩に面白いタランテラの踊りへ案内するから十時に玄関まで出て来いというらしかった。借りた室の寝台にはこの真冬に白い紗の蚊帳がかかっていた。日本やドイツの誰彼に年賀の絵端書を・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・先生は最初感情の動くがままに小説を書いて出版するや否や、忽ち内務省からは風俗壊乱、発売禁止、本屋からは損害賠償の手詰の談判、さて文壇からは引続き歓楽に哀傷に、放蕩に追憶と、身に引受けた看板の瑕に等しき悪名が、今はもっけの幸に、高等遊民不良少・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・僕が書肆博文館から版権侵害の談判を受けて青くなっている最中、ふらりと僕の家にたずねて来て難題を提出したのはこのお民である。 お民が始て僕等の行馴れたカッフェーに給仕女の目見得に来たのは、去年の秋もまだ残暑のすっかりとは去りやらぬ頃であっ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・すると女の方では大変怒ってとうとう男の所在を捜し当てて怒鳴り込みましたので男は手切金を出して手を切る談判を始めると、女はその金を床の上に叩きつけて、こんなものが欲しいので来たのではない、もし本当にあなたが私を捨てる気ならば私は死んでしまう、・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・実はそんな細かなことまで先方の意見を確かめたうえで、談判に来たわけではなかったのだからである。けれども行きがかり上やむをえないので、「そう話したら、承知するだろうじゃないか」と勢いよく言ってのけた。 すると、重吉は問題の方向を変えて・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・「まあいいよ。談判はあとにして、ここに宿の人が待ってるから……」「そうか」「おい、君」「ええ」「君じゃない。君さ、おい宿の先生」「ねえ」「君は御者かい」「いいえ」「じゃ御亭主かい」「いいえ」「じゃ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・昨日差配人が談判に来た。内の女連はバツが悪いから留守を使って追い返した。この玄関払の使命を完うしたのがペンである。自分は嘘をつくのは嫌だ。神さまにすまない。しかし主命もだしがたしでやむをえず嘘をついた。まずたいていここら当りだろうと遠くの火・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・私は直接談判はしませんでしたけれども、その話を間接に聞いた時、変な心持がしました。というのは、私の方は個人主義でやっているのに反して、向うは党派主義で活動しているらしく思われたからです。当時私は私の作物をわるく評したものさえ、自分の担任して・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・その馬士というのはまだ十三、四の子供であったが、余はこれと談判して鳥井峠頂上までの駄賃を十銭と極めた。この登路の難儀を十銭で免れたかと思うと、余は嬉しくって堪まらなかった。しかしそこらにいた男どもがその若い馬士をからかう所を聞くと、お前は十・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ * さてルラ蛙の方でも、いろいろ仕度をしたりカン蛙と談判をしたり、だんだん事がまとまりました。いよいよあさってが結婚式という日の明方、カン蛙は夢の中で、「今日は僕はどうしてもみんなの所を歩いて明後日の式に・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
出典:青空文庫