・・・ そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ、吹殻を藁に落さないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶら往ったり来たりする。 小屋はずいぶん頑丈で、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲扱・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・愛という感情が真実わたしたちの心に働いているとき、どうして漫画のように肥った両手をあわせて膝をつき、存在しもしない何かに向って上眼をつかっていられましょう。この社会にあっては条理にあわないことを、ないようにしてゆくこと。憎むべきものを凜然と・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワした上衣で骨太い体躯を包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。 これらの仲間の中には繩の一端へ牝牛または犢をつけて牽いてゆくものもある。牛のすぐ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・と言って、両手で忠利の足を抱えたまま、床の背後に俯伏して、しばらく動かずにいた。そのとき長十郎の心のうちには、非常な難所を通って往き着かなくてはならぬ所へ往き着いたような、力の弛みと心の落着きとが満ちあふれて、そのほかのことは何も意識に上ら・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ツァウォツキイは小刀の柄を両手で握って我と我胸に衝き挿した。ツァウォツキイはすぐに死んで、ユリアの名をまだ脣の上に留めながら、ポッケットに手品に使う白い球を三つと、きたない骨牌を一組入れたまま、死骸は鉄道の堤の上から転げ落ちた。 ツァウ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 彼女は空虚の空間を押しつけるように両手を上げた。「陛下、暫くでございます。侍医をお呼びいたします」 ナポレオンは妃の腕を掴んだ。彼は黙って寝台の方へ引き返そうとした。「陛下、お赦しなされませ。御無理をなされますと、私はウィ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・――一人の少年が両手を高くあげて波のなかに躍り込んで行く。首だけ出して、波にさらわれた板切れに追いすがる。やがて板切れを抱いて水を跳ね飛ばしながら駛け上がって来る。――生が踊り跳ねている。生が自然と戦いそれを征服している。 私はそこに現・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫