・・・ しかし人生の女主人公は必ずしも貞女じゃないと同時に、必ずしもまた婬婦でもないのです。もし人の好い読者の中に、一人でもああ云う小説を真に受ける男女があって御覧なさい。もっとも恋愛の円満に成就した場合は別問題ですが、万一失恋でもした日には必ず・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・如何にハリウッドの女優のような知性と生活技法、経済的基礎とをもってしても、離合のたびに女性の品位は堕落し、とうてい日本の貞女烈婦のような操持ある女性の品位と比ぶべくもないのである。 人生における別離には死別にも生別にもさまざまの場合があ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ なお委しくいいますと聖人といえば孔子、仏といえば釈迦、節婦貞女忠臣孝子は、一種の理想の固まりで、世の中にあり得ないほどの、理想を以て進まねばならなかった。親が、子供のいう事を聞かぬ時は、二十四孝を引き出して子供を戒めると、子供は閉口す・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・だから忠臣でも孝子でももしくは貞女でも、ことごとく完全な模範を前へおいて、我々ごとき至らぬものも意思のいかん、努力のいかんに依っては、この模範通りの事ができるんだといったような教え方、徳義の立て方であったのです。もっとも一概に完全と云いまし・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・、其婦人に接するの法は恰も時の将軍大名を学んで傍若無人、これを冷遇し之を無視するのみか、甚しきは敢て婬乱を恣にして配偶者を虐待侮辱するも世間に之を咎むる者なく、却て其虐待侮辱の下に伏従する者を見て賢婦貞女と称し、滔々たる流風、上下を靡かして・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・「……あんなに、貞女と烈婦には決してなるまいと思って暮して来たのに――」 ひろ子は、このとき重吉のとなりにかけている中年男が自分たち二人の言葉のやりとりに関心をもってきいているのを知った。同時に、自分が、涙っぽくしかこの話にふれられ・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫