・・・ 戦場で負傷したきずに手当てをする余裕がなくて打っちゃらかしておくと、化膿してそれに蛆が繁殖する。その蛆がきれいに膿をなめつくしてきずが癒える。そういう場合のあることは昔からも知られていたであろうが、それが欧州大戦以後、特に外科医の方で・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむっくり起上がって、まるで猛獣の吼えるような声を出したりまた不思議な嘯くような呼気音を立てたりする。この巫女の所作にもどこか我邦・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・そして負傷した身体を、二階で横たえてから、モウ五六日経った朝のことなのである。 お初が、上って来た。「検挙られたんですとさ、川村が」「何時だ、昨日か晩も、二三十人検挙され、その十日ばかり以前にも、百四五十人検挙された争議団である・・・ 徳永直 「眼」
・・・明治三十三年四月十五日の日曜日に向嶋にて警察官の厄介となりし者酩酊者二百五人喧嘩九十六件、内負傷者六人、違警罪一人、迷児十四人と聞く。雑沓狼藉の状察すべし。」云 わたくしはこれらの記事を見て当時の向嶋を回想するや、ここにおのずから露伴幸・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ それは、負傷さえしていなければ、火夫の云う通りであった。だが、今は私は、一銭の傷害手当もなく、おまけに懲戒下船の手続をとられたのだ。 もう、セコンドメイトは、海事局に行っているに違いない。 浚渫船は蒸汽を上げた。セーフチーバル・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 応急手当が終ると、――私は船乗りだったから、負傷に対する応急手当は馴れていた――今度は、鉄窓から、小さな南瓜畑を越して、もう一つ煉瓦塀を越して、監獄の事務所に向って弾劾演説を始めた。 ――俺たちは、被告だが死刑囚じゃない、俺たちの・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・年前の項羽を以て今日の榎本氏を責るはほとんど無稽なるに似たれども、万古不変は人生の心情にして、氏が維新の朝に青雲の志を遂げて富貴得々たりといえども、時に顧みて箱館の旧を思い、当時随行部下の諸士が戦没し負傷したる惨状より、爾来家に残りし父母兄・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 大砲をうつとき、片脚をぷんとうしろへ挙げる艦は、この前のニダナトラの戦役での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。 さて、空を大きく四へん廻ったとき、大監督が、「分れっ、解散」と云いながら、列をはなれて杉の木の大監督官舎に・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・革命的な活動をする若い女の口へステッキをつっこんで、負傷させ、その娘が叫ぶ声をこの耳できき、その血を見たからである。それを私は私の目で、警察の留置場で見た。留置場へは、プロレタリア文化活動に従うという理由にならぬ理由によって入れられた。勤労・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ あの時、お前さんが負傷してチブスんなってつれて来られた時、じゃ私たちはどんな言葉で話したろう? 夜、お前さんのわきに坐って看病してやったとき。二人が補助金だけで暮して、お前さんはあけても暮れても本にばっかりかじりついている。私はミシンで働・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
出典:青空文庫