・・・「とにかく貴様のような意気地なしは俺には世話ができないから、明日早速国へ帰れ!」と私は最後に言った。 すぐにも電報と思ったが、翌朝方丈の電話を借りさせて、東京の弟の勤め先きへすぐ来るようにとかけさせた。弟の来たのは昼ごろだった。・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・いくら貴様が風景に愛情を与え、冬の蠅を活気づけても、俺を愚昧化することだけはできぬわい。俺は貴様の弟子の外光派に唾をひっかける。俺は今度会ったら医者に抗議を申し込んでやる」 日に当りながら私の憎悪はだんだんたかまってゆく。しかしなんとい・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・他の者はこれに気がつかなかったらしい、いよいよ読み上げが済むとかの酒癖の悪い水兵が、オイ水野、貴様は一つ隠したぞと言って、サア出せと叫んだ。こいつけしからんと他の水兵みな起ち上がって、サア出せいやなら十杯飲めと迫る。自分は笑いながらこれを見・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・「ハア、お出で御座います、貴様は?」と片眼の細顔の、和服を着た受付が丁寧に言った。「これを」と出した名刺には五号活字で岡本誠夫としてあるばかり、何の肩書もない。受付はそれを受取り急いで二階に上って去ったが間もなく降りて来て「どう・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・それを、危険なところへ行かなけりゃならんようにしたのは、貴様等二人だぞ! 軍人にあるまじきことだ!」 そして二人は骨の折れる、危険な勤務につかせられた。 松木と武石とは、雪の深い道を中隊から十町ばかりさきに出て歩いた。そして見た状勢・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・「何、貴様が、ボンヤリしているんだ! 今どき夏じゃあるまいし、警戒兵の網にひっかかるなんて、わざわざ小屋のある方を選って馬の頭をむけて行ったんだろう?」「このごろ、大人、川凍ったばかりで道がない。まるで、山の岩のよう。夜、なお行きに・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・すると私が、何だ貴様が周勃と陳平とを一緒にしたのなら己は正成と正行とを一緒にしたのだと云って互に意張り合って、さあ来いというので角力を取る、喧嘩をする。正行が鼻血を出したり、陳平が泣面をしたりするという騒ぎが毎々でした。細川はそういうことは・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・「兄のやつも名前が有るんですよ。貴様は何とつけたと聞きましたら、父さんが弓が御好きだから、よく当るように、矢当りとつけましたとサ。矢当りサ。子供というものは真実に可笑しなものですネ」 こういう話を高瀬に聞かせながら帰って行くと、丁度・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・嘘つけ、貴様がかくした。よせやい、見っともねえぞ、意馬心猿。それから、よし、腕ずくでも取る、戸山が原へ来い、片輪にしてやる、ということになったのである。三木も、蒼ざめて承知した。元旦、正午を約して、ゆうべはわかれた。「さちよの居どころは・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 「貴様はなんだ?」 かれは苦しい身を起こした。 「どうしてこの車に乗った?」 理由を説明するのがつらかった。いや口をきくのも厭なのだ。 「この車に乗っちゃいかん。そうでなくってさえ、荷が重すぎるんだ。お前は十八聯隊だナ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫