・・・で、僕は妻に手紙を書き、家の物を質に入れて某の金子を調達せよと言ってやった。質入れをすると言っても、僕自身のはすでに大抵行っているのだから、目的は妻の衣服やその附属品であるので、足りないところは僕の父の家へ行って出してもらえと附け加えた。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・洋服を質入れしたのだ。 そして八日目の今日は淀の最終日であった。これだけは手離すまいと思っていた一代のかたみの着物を質に入れて来たのだ。質屋の暖簾をくぐって出た時は、もう寺田は一代の想いを殺してしまった気持だった。そして、今日この金・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・案の定、上着もチョッキもなかった。質入れしたのだ、ときくまでもなくわかり、私ははじめてあの人を折檻した。自分がヒステリーになったかと思ったくらい、きつく折檻した。しかし、私がそんな手荒なことをしたと言って、誰も責めないでほしい。私の身になっ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・羽織を質入れしてもぜひ拵えさせると云うていたそうだと。話し半ばへ老母が珈琲を酌んで来る。子規には牛乳を持って来た。汽車がまた通ってつくつくほうしの声を打消していった。初対面からちと厚顔しいようではあったが自分は生来絵が好きで予てよい不折の絵・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
出典:青空文庫