・・・「だってあの罪のない赤ん坊は、あんなにからだがひよわいんですもの。あれではせっかく生れて来てもこの世の喜びというものをうけることは出来ません。見ていてごらんなさい。きっと病気で苦しみとおしてなくなってしまいますから。ですがあなたこれで二・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ このあたりはすべて漁師の住居である。赤ん坊を竹籠へ入れて、軒へぶらぶら釣り下げて、時々手を挙げて突きながら、網の破れをかがっている女房がある。縁先の蓆に広げた切芋へ、蠅が真っ黒に集って、まるで蠅を干したようになっているのがある。だけれ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ とおかあさんは言いながら、赤ん坊のようなかわいたその子の口をすうてやりますと、子どもはかわきもわすれてほおえみました。 でも日は照り切って、森の中の空気はそよともしません。「さあおりてすこし歩いてみるんですよ」 と言いなが・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・おれのうちの女房などは、晩げのめし食うとすぐに赤ん坊に添寝して、それっきりぐうぐう大鼾だ。夜なべもくそもありやしねえ。お前は、さすがに出征兵士の妻だけあって、感心だ、感心だ。」などと、まことに下手なほめ方をして外套を脱ぎ、もともと、もう礼儀・・・ 太宰治 「嘘」
・・・私は、暑さと、それから心配のために、食べものが喉をとおらぬ思いで、頬の骨が目立って来て、赤ん坊にあげるおっぱいの出もほそくなり、夫も、食がちっともすすまぬ様子で、眼が落ちくぼんで、ぎらぎらおそろしく光って、或る時、ふふんとご自分をあざけり笑・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ と七歳の長女。「まあ、お父さん、いったいどこへ行っていらしたんです」 と赤ん坊を抱いてその母も出て来る。 とっさに、うまい嘘も思い浮ばず、「あちこち、あちこち」 と言い、「皆、めしはすんだのか」 などと、必・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・細君は日本人で子供が二人、末のはまだほんの赤ん坊であった。下女も置かずに、質素と云うよりはむしろ極めて賤しい暮しをしていた。日本へ来ている外国人には珍しい下等な暮しをしていたが、しかし月給はかなり沢山に取っているという噂であった。日本へ来て・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・おおぜいの子供が原っぱに小さなきのこの群れのように並んで体操をやっている。赤ん坊でもちょうど蛙か何かのように足をつかまえてぶらさげてぴょんぴょんとはねさせるのである。こういうふうに人間の個性をなくしているところは全く軍隊式である。年じゅうこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 同じ宿に三十歳くらいで赤ん坊を一人つれた大阪弁のちょっと小意気な容貌の女がいた。どういう人だかわれわれには分らなかった。ある日高知から郵便でわれわれ三人で撮った写真がとどいてみんなで見ているところへその女もやって来てそれを手にとって眺・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・ お初は、仕様ことなく、赤ん坊を抱いて立上ったが、不安は依然として去らない。「あたしはおろか、子供たちだって、外出も何もあぶなくて出来やしない」 口のうちで、ブツブツ云っている。「おい、おい、階下にいる警察の人に、川村検挙り・・・ 徳永直 「眼」
出典:青空文庫