・・・が、やがて、大便を催したので、今度は御坊主黒木閑斎をつれて、湯呑み所際の厠へはいって、用を足した。さて、厠を出て、うすぐらい手水所で手を洗っていると突然後から、誰とも知れず、声をかけて、斬りつけたものがある。驚いて、振り返ると、その拍子にま・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ただ波羅門や刹帝利だけは便器の中に用を足し、特に足を労することをしない。しかしこの便器の中の糞尿もどうにか始末をつけなければならぬ。その始末をつけるのが除糞人と呼ばれる人々である。 もう髪の黄ばみかけた尼提はこう言う除糞人の一人である。・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・ と附け足して、あとから訂正なぞはさせないぞという気勢を示したが、矢部はたじろぐ風も見せずに平気なものだった。実際彼から見ていても、父の申し出の中には、あまりに些末のことにわたって、相手に腹の細さを見透かされはしまいかと思う事もあった。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・二人はまた押黙って闇の中で足しない食物を貪り喰った。しかしそれは結局食欲をそそる媒介になるばかりだった。二人は喰い終ってから幾度も固唾を飲んだが火種のない所では南瓜を煮る事も出来なかった。赤坊は泣きづかれに疲れてほっぽり出されたままに何時の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・父はさらに金魚を買い足してやることを約束して座に返った。三人はなおしきりに金魚をながめて年相当な会話をやってるらしい。 あとから考えたこの時の状態を何といったらよいか。無邪気な可憐な、ほとんど神に等しき幼きものの上に悲惨なる運命はす・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・であるから、金が自由になると忽ちお掛屋の株を買って、町人ながらも玄関に木剣、刺叉、袖がらみを列べて、ただの軽焼屋の主人で満足していなかった。丁度兄の伊藤八兵衛が本所の油堀に油会所を建て、水藩の名義で金穀その他の運上を扱い、業務上水府の家職を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・千駄木にいられた頃だったか、西園寺さんの文士会に出席を断って、面白い発句を作られたことがある……その句は忘れたが、何でもほととぎすの声は聞けども用を足している身は出られないというような意味のことだった。 * 夏目さん・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・俺は、おまえを捕らえると、すぐにひとのみにしてしまおうと思ったが、おまえみたいな、小さなものをのんだからとて、なにも腹の足しになるものでない。それよりも、俺の子供に食べさしてやりたいために、ここまで持ってきたのだ。」と、情けなくいいました。・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・頭の上の松の木を渡る風の音まで、バイオリンの音に心をとめて、しのび足して過ぐるように思われました。 いつしか、村の子供らまで、松蔵の弾くバイオリンの音を、感心して聞くようになりました。 松蔵は、おじいさんがいなくなっても毎日のように・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・一銭に四片というのを、私は六片食って、何の足しにということはなしに二銭銅貨で五厘の剰銭を取った。そんなものの五片や六片で、今朝からの空腹の満たされようもないが、それでもいくらか元気づいて、さてこの先どうしたものかと考えた。 ここから故郷・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫