・・・更紗の衣裳の下から見える前足の蹠がうす赤い。――この鼠が、これから雑劇の所謂楔子を演じようと云う役者なのである。 すると、見物の方では、子供だと、始から手を拍って、面白がるが、大人は、容易に感心したような顔を見せない。むしろ、冷然として・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・縁板が蹠に吸いつくかと思われるように寒い晩になっていた。高い腰の上は透明なガラス張りになっている雨戸から空をすかして見ると、ちょっと指先に触れただけでガラス板が音をたてて壊れ落ちそうに冴え切っていた。 将来の仕事も生活もどうなってゆくか・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 鴾の細君の弱ったのは、爺さんが、おしきせ何本かで、へべったあと、だるいだるい、うつむけに畳に伸びた蹠を踏ませられる。……ぴたぴたと行るうちに、草臥れるから、稽古の時になまけるのに、催促をされない稽古棒を持出して、息杖につくのだそう・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・しかし、柔らかい蹠の、鞘のなかに隠された、鉤のように曲った、匕首のように鋭い爪! これがこの動物の活力であり、智慧であり、精霊であり、一切であることを私は信じて疑わないのである。 ある日私は奇妙な夢を見た。 X――という女の人の私室・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・「子供というものは確かにあの土地のでこぼこを冷たい茣蓙の下に感じる蹠の感覚の快さを知っているものだ。そして茣蓙を敷くやいなやすぐその上へ跳び込んで、着物ぐるみじかに地面の上へ転がれる自由を楽しんだりする」そんなことを思いながら彼はすぐに・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・縁側を歩かせるとまだ足が不たしかで、羽二重のようになめらかな蹠は力なく板の上をずるずるすべった。三毛を連れて来てつき合わせると三毛のほうが非常に驚き恐れて背筋の毛を逆立てた。しかしそれから数時間の後に行って見ると、だれかが押し入れの中にオル・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・椅子に腰かけている両足の蹠を下から木槌で急速に乱打するように感じた。多分その前に来たはずの弱い初期微動を気が付かずに直ちに主要動を感じたのだろうという気がして、それにしても妙に短週期の振動だと思っているうちにいよいよ本当の主要動が急激に襲っ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ぶちまだらの犬は雨で難渋しているというばかりではなく、その難渋のありようのうちに耐えがたい何かがあって、それが啼かせるという風に、なきながら小舎の屋根の上で絶えず蹠をふみかえているのであった。 佇んで傘の下から見ていたが、そんな玄関前の・・・ 宮本百合子 「犬三態」
出典:青空文庫