・・・ 問題に触れるのは、お桂ちゃんの母親で、もう一昨年頃故人の数に入ったが、照降町の背負商いから、やがて宗右衛門町の角地面に問屋となるまで、その大島屋の身代八分は、その人の働きだったと言う。体量も二十一貫ずッしりとした太腹で、女長兵衛と称え・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ ただし、この革鞄の中には、私一身に取って、大切な書類、器具、物品、軽少にもしろ、あらゆる財産、一切の身代、祖先、父母の位牌。実際、生命と斉しいものを残らず納れてあるのです。 が、開けない以上は、誓って、一冊の旅行案内といえども取出・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 何も、雀に託けて身代の伸びない愚痴を言うのではない。また……別に雀の数の多くなる事ばかりを望むのではないのであるが、春に、秋に、現に目に見えて五、六羽ずつは親の連れて来る子の殖えるのが分っているから、いつも同じほどの数なのは、何処へ行・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・其の身はかたく暮して身代にも不足なく子供は二人あったけれ共そうぞくの子は亀丸と云って十一になり姉は小鶴と云って十四であるがみめ形すぐれて国中ひょうばんのきりょうよしであった。不断も加賀染の模様のいいのなんか着せていろいろ身ぎれいにしてやるの・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・喜兵衛は納得して幸手へ行き、若後家の入夫となって先夫の子を守育て、傾き掛った身代を首尾よく盛返した。その家は今でも連綿として栄え、初期の議会に埼玉から多額納税者として貴族院議員に撰出された野口氏で、喜兵衛の位牌は今でもこの野口家に祀られてい・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・縹致よりは支度、支度よりは持参、嫁の年よりはまず親の身代を聞こうという代世界だもの、そんな自惚れなんぞ決してお持ちでないって、ねえ、そう言ったことですよ」「だって、何ぼ今の代世界だって、阿母さんのようにそう一概に言ったものでもありません・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「この家の身代は僕が預っているのです。あなた方に指一本……」差してもらいたくないのはこっちのことですと、尻を振って外へ飛び出したが、すぐ気の抜けた歩き方になった。種吉の所へ行き、お辰の病床を見舞うと、お辰は「私に構わんと、はよ維康さんとこイ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・わしの山は見込みがある、どうだい、身代二十倍になるのだぞ、と威張って、死んでゆきました。まえから、心臓が、ひどく悪かったのです。木枯しのおそろしく強い朝でしてな。あわれな話ですね。けれども、あの子は、見どころあります。それから母子ふたりで、・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・人をだまして千円二千円としぼりとっても、いいえ、一身代つぶしてやって、それで、みんなにほめられている人さえあるじゃございませんか。牢はいったい誰のためにあるのです。お金のない人ばかり牢へいれられています。あの人たちは、きっと他人をだますこと・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・「わしという万年白歯を餌にして、この百万の身代ができたのじゃぞえ」 富本でこなれた渋い声で御生前よくこう言い言いして居られましたから、いずれこれには面白い因縁でもあるのでございましょう。どんな因縁なのだろうなどと野暮なお探りはお止し・・・ 太宰治 「葉」
出典:青空文庫