・・・が、いくら身悶えをしても、体中にかかった縄目は、一層ひしひしと食い入るだけです。わたしは思わず夫の側へ、転ぶように走り寄りました。いえ、走り寄ろうとしたのです。しかし男は咄嗟の間に、わたしをそこへ蹴倒しました。ちょうどその途端です。わたしは・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・息もつかず、もうもうと四面の壁の息を吸って昇るのが草いきれに包まれながら、性の知れない、魔ものの胴中を、くり抜きに、うろついている心地がするので、たださえ心臓の苦しいのが、悪酔に嘔気がついた。身悶えをすれば吐きそうだから、引返して階下へ抜け・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 手足の指を我と折って、頭髪を掴んで身悶えしても、婦は寝るのに蝋燭を消しません。度かさなるに従って、数を増し、燈を殖して、部屋中、三十九本まで、一度に、神々の名を輝かして、そして、黒髪に絵蝋燭の、五色の簪を燃して寝る。 その媚かしさ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ と横のめりに平四郎、煙管の雁首で脾腹を突いて、身悶えして、「くッ、苦しい……うッ、うッ、うッふふふ、チ、うッ、うううう苦しい。ああ、切ない、あはははは、あはッはッはッ、おお、コ、こいつは、あはは、ちゃはは、テ、チ、たッたッ堪らん。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ある新聞社が、ミス・日本を募っていたとき、あのときには、よほど自己推薦しようかと、三夜身悶えした。大声あげて、わめき散らしたかった。けれども、三夜の身悶えの果、自分の身長が足りないことに気がつき、断念した。兄妹のうちで、ひとり目立って小さか・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 焔は暗くなり、それから身悶えするように左右にうごいて、一瞬大きく、あかるくなり、それから、じじと音を立てて、みるみる小さくいじけて行って、消えた。 しらじらと夜が明けていたのである。 部屋は薄明るく、もはや、くらやみではなかっ・・・ 太宰治 「朝」
・・・いいえ、もう、それには、とはげしく拒否して、私は言い知れぬ屈辱感に身悶えしていた。 けれども、お巡りは、朗かだった。「子供がねえ、あなた、ここの駅につとめるようになりましてな、それが長男です。それから男、女、女、その末のが八つでこと・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・自分の妻に対する気持一つ変える事が出来ず、革命の十字架もすさまじいと、三人の子供を連れて、夫の死骸を引取りに諏訪へ行く汽車の中で、悲しみとか怒りとかいう思いよりも、呆れかえった馬鹿々々しさに身悶えしました。・・・ 太宰治 「おさん」
・・・死ぬまで怪しい空想に身悶えしている。貪慾。無思慮。ひとり合点。意識せぬ冷酷。無恥厚顔。吝嗇。打算。相手かまわぬ媚態。ばかな自惚れ。その他、女性のあらゆる悪徳を心得ているつもりでいたのであります。女で無ければわからぬ気持、そんなものは在り得な・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・とわめいて両手を胸に当て、ひとりで身悶えするのですが、なんとも、まずい形でした。私は酔いも醒め、すっかりまじめな気持になってしまって、「誰も君に寄りやしないじゃないか。坐り給え。僕が悪かったよ。銃後の女性は皆、君のようにしっかりしていなけれ・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫