・・・殊に小児と似ているのは喇叭や軍歌に皷舞されれば、何の為に戦うかも問わず、欣然と敵に当ることである。 この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も――わたしには実際不思・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ すると、一人の十二、三の少年が釣竿を持って、小陰から出て来て豊吉には気が付かぬらしく、こなたを見向きもしないで軍歌らしいものを小声で唱いながらむこうへ行く、その後を前の犬が地をかぎかぎお伴をしてゆく。 豊吉はわれ知らずその後につい・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・これが導火線、類を以て集り、終には酒、歌、軍歌、日本帝国万々歳! そして母と妹との堕落。「国家の干城たる軍人」が悪いのか、母と妹とが悪いのか、今更いうべき問題でもないが、ただ一の動かすべからざる事実あり曰く、娘を持ちし親々は、それが華族でも・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「討露軍歌かちどき」等の戦ものばかりをのせる文学雑誌が現れた。またしても、江見水蔭、泉鏡花等は戦争小説を書きだした。広津柳浪、小栗風葉、三島霜川、徳田秋声、川上眉山、柳川春葉等も戦争小説を書いた。当時、作家に対して如何なる意識が要求せられた・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ ラジオは、けさから軍歌の連続だ。一生懸命だ。つぎからつぎと、いろんな軍歌を放送して、とうとう種切れになったか、敵は幾万ありとても、などという古い古い軍歌まで飛び出して来る仕末なので、ひとりで噴き出した。放送局の無邪気さに好感を持った。・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・海上の甲板で、軍歌を歌った時には悲壮の念が全身に充ち渡った。敵の軍艦が突然出てきて、一砲弾のために沈められて、海底の藻屑となっても遺憾がないと思った。金州の戦場では、機関銃の死の叫びのただ中を地に伏しつつ、勇ましく進んだ。戦友の血に塗れた姿・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・船と埠頭の間に渡した色テープの橋の両側で勇ましい軍歌が起った、人々の顔がみんな酔ったように赤く見えた。誰も彼も意志の強そうな顔ばかりである。世の中にこわいものもなければ心配なことも何もないような人ばかりである。これらの勇士達はこれからどこの・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ うなりもだんだん高くなって、いまはいかにも昔ふうの立派な軍歌に変ってしまいました。「ドッテテドッテテ、ドッテテド、 でんしんばしらのぐんたいは はやさせかいにたぐいなし ドッテテドッテテ、ドッテテド でんしんば・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・もっともいくら高くてもせいぜい蚊の軍歌ぐらいだ。「それはたしかにその通りさ、けれどもそれに対してお前は何と答えたね。いいえ、そいつは困ります、どうかほかのお方とご相談下さいと斯んなに立派にはねつけたろう。」「おや、とにかくさ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・それらの人々は云わばもう子供のころから軍歌をきかされて育った。常識的な大人を恐怖させるほど率直な真実探求の欲望にもえる十五六歳より以後の年代を、これらの有能な精神は、そのままの真率さで戦争のための生命否定、自我の放棄へ導きこまれた。専門学校・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
出典:青空文庫