・・・私は軽快な心をもって陰欝な倫敦を眺めたのです。比喩で申すと、私は多年の間懊悩した結果ようやく自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。なお繰り返していうと、今まで霧の中に閉じ込まれたものが、ある角度の方向で、明らかに自分の進・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・夫にして仮初にも人情あらば、離縁は扨置き厚く看護して、仮令い全快に至らざるも其軽快を祈るこそ人間の道なれ。若しも妻の不幸に反して夫が癩病に罹りたらば如何せん。妻は之を見棄てゝ颯々と家を去る可きや。我輩に於ては甚だ不同意なり。否な記者先生も或・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・小鳥に対して人間は、いつも楽しげな、軽快なものという先入主を以て対している。それが気の無さそうな風をして、ひっそり足をすくめていると、非常に四辺をわびしく思うのであろう。 始め、我々が小鳥を飼ったのには、別に大した理由もなかった。去年の・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・ 彼女等の引緊った表情と、軽快な容姿と比較したとき、その直覚の鈍さは、時には滑稽の感を与えずには措きません。 年中緊張して、笑う間にさえ尚心にゆとりを与えない彼女等の生活は、東洋人に特恵である直覚と対立した時、思わずも微笑させる余裕・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・事実黄金色の軽快なアルコオルが体内に流れ込んだのだから、隣の食卓の一組は食堂に来た時より一層若やぎ恍惚として来たらしい。男は今、つれの婦人のむきだしの腕を絶えず優しく撫でさすりながら、低声に顔をさしよせて何か云っている。婦人は、平静に母親ら・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・ 戦後の子供がラジオを通じレコードを通じ、なじんで歌う歌は、軽快に、明るくたのしく、リズミカルであるように、と児童の心理に即して選ばれている。君が代が歌そのものとして、歌う子供たちにわけのわからない義務感しか与えていないとすれば、君が代・・・ 宮本百合子 「修身」
・・・綺麗な花。軽快な小枝模様でもさっぱりと出した壁の前には、単純で、細工は確かなカップボールド、サービング・チェスト。 台所との間には、どんなに小さくても配膳室があった方がよろしいでしょう。給仕をするのに、一々、大きな扉の開閉をせず、配膳室・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・と秋三は煽てて云って、勘次の額に現れ始めた怒りの条を見れば見る程、ますます軽快に皮肉の言葉が流れそうに思われた。「勘よ、うちにビール箱が沢山あったやろが、あれで作ったらどうやろな?」とお霜は云い出した。 秋三はにやにや笑いながら、・・・ 横光利一 「南北」
・・・相重なった屋根の線はゆったりと緩く流れて、大地の力と蒼空の憧憬との間に、軽快奔放にしてしかも荘重高雅な力の諧調を示している。丹と白との清らかな対照は重々しい屋根の色の下で、その「力の諧調」にからみつく。その間にはなお斗拱や勾欄の細やかな力の・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・これを投げ捨てれば俺の生は自由に軽快になるだろう。そこに真の生活があるのだ。」こういう自己是認ができるとともに、石が地に落ちる。彼は苦患を脱する。 こうしてある種の人々は生から逃げ出して行く。そして漸次に息をしながら死んで行く。何ものも・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫