・・・店の主人は子供に物を言って聞かせるように、引金や、弾丸を込める所や、筒や、照尺をいちいち見せて、射撃の為方を教えた。弾丸を込める所は、一度射撃するたびに、おもちゃのように、くるりと廻るのである。それから女に拳銃を渡して、始めての射撃をさせた・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ある日、思いを込めて吐いた言葉は、なんたるぶざま、「死のう! バンザイ。」ただ死んでみせるより他に、忠誠の方法を知らぬ私は、やはり田舎くさい馬鹿である。 私は、矮小無力の市民である。まずしい慰問袋を作り、妻にそれを持たせて郵便局に行かせ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・寺に寄宿した時代のかれは、かなりにくわしくわかったが、その交遊の間のことがどうものみ込めない。中学校時代の日記は、空想たくさんで、どれが本当かうそかわからない。戯談に書いたり、のんきに戯れたりしていることばかりである。三十四五年――七八年代・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・それで自分にはどうもロスの勝利というのが呑込めなかったが、テクニックを知らないからだろうと思っていた。後で物言いがあったということをプログラムで読んでやっぱりそうかと思った。 三 別れの曲 ショパンがパリのサロンに・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。この現象については、最近に、土佐郷土史の権威として知られた杜山居士寺石正路氏が雑誌「土佐史壇」第十七号に「郷土史断片」その三〇として記・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・銃口にはめた真鍮の蓋のようなものを注意して見ているうちに、自分が中学生のとき、エンピール銃に鉛玉を込めて射的をやった事を想い出した。単純に射的をやる道具として見た時に鉄砲は気持のいいものである。しかしこれが人を殺すための道具だと思って見ると・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ そのうちに一つ、いつもとはちがって円筒形をした玉を込めているので、今度は何か変ったものが出るだろうと注意して見ていた。打ち上げられた円筒は、迅速に旋転しながら昇って行ったが、開いたのを見ると、それは夜の花火によくあるような、傘形にある・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・言わば高圧釜の安全弁のように適当な瞬間に涙腺の分泌物を噴出して何かの危険を防止するのではないか、そうでないとどうも涙の科学的意義がのみ込めない。 ある通俗な書物によると、甲状腺の活動が旺盛な時期には性的刺激に対する感度が高まると同時にあ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・坂を下りて見ると不忍弁天の社務所が池の方へのめるように倒れかかっているのを見て、なるほどこれは大地震だなということがようやくはっきり呑込めて来た。 無事な日の続いているうちに突然に起った著しい変化を充分にリアライズするには存外手数が掛か・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・「さぁ、引ッ込め、障子を閉めろ」 利平は、障子に手を掛けたとき、ひょいとモ一度、利助の方を見た。 そのとき、知っていたのかどうか、利助は着物を着ながら、此方を振り向いた。そしてじっと、利平の顔を見た……と思った、その眼、その眼…・・・ 徳永直 「眼」
出典:青空文庫