・・・ 少し喘息やみらしい案内者が No time, Sir ! と追い立てるので、フォーラムの柱の列も陳列館の中も落ち着いて見る暇はなかった。陳列館には二千年前の苦悶の姿をそのままにとどめた死骸の化石もあったが、それは悲惨の感じを強く動かす・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ フランスの婦人たちは、この戦争によって流した無限の涙と、引き裂かれ失われたすべての愛のなきがらの中から、再び人民を戦争に追い立てるような権力のとりのぞかれた世界を創ろうと決心して、自分たちの党、共産党を選んだのでした。 日本の婦人・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・ いろいろ言葉に綾をつけながら、わざと早口に、ぞんざいな物云いをする番頭は、彼の妙にピカピカする黒足袋を珍らしがって共が首を延すたんびに、さも気味悪そうに下駄をバタバタやっては追い立てる。 がはあおっかねえとは…… 心の内でびっ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・今度は、もう動かないつもりで、――大家が追い立てる迄は居る決心で――落付き場処を青山の中で見出そうと云うのである。 H町に、引越したいと云う意志を洩したのは、もう久しい以前からのことである。「それもよかろうよ。遠いものね」 然し・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫