・・・開き直ったというほどでもないが、こっちの意味が通じなかったことだけはたしかなようにみえたから、自分は紙鳶の話はそれぎりにして、直接重吉のことを談合した。 重吉というのは自分の身内ともやっかいものともかたのつかない一種の青年であった。一時・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・おいらあ、一月娑婆に居りあ、お前さんなんかが、十年暮してるよりか、もっと、世間に通じちまうんだからね。何てったって、化けるのは俺の方が本職だよ。尻尾なんかブラ下げて歩きゃしねえからな。駄目だよ。そんなに俺の後ろ頭ばかり見てたって。ホラ、二人・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・頗る人情に通じたる処置と言う可し。其両親に遠ざかるは即ち之に離れざるの法にして、我輩の飽くまでも賛成する所なれども、或は家の貧富その他の事情に由て別居すること能わざる場合もある可きなれば、仮令い同居しても老少両夫婦の間は相互に干渉することな・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・隣の室に通じているのであろう。随分無趣味な装飾ではあるが、住心地の悪くなさそうな一間である。オオビュルナンは窓の下にある気の利いた細工の長椅子に腰を掛けた。 オオビュルナンは少し動悸がするように感じて、我ながら、不思議だと思った。相手の・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・右にも同じ戸ありて寝間に通じ、この分は緑の天鵞絨の垂布にて覆いあり。窓にそいて左の方に為事机あり。その手前に肱突の椅子あり。柱ある処には硝子の箱を据え付け、その中に骨董を陳列す。壁にそいて右の方にゴチック式の暗色の櫃あり。この櫃には木彫の装・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ナニ長町の新町といってはもう通じないようになったのか。それならば港町四丁目だ。相変らず狭い町で低い家だナア。」「アラ誰だと思うたらのぼさんかな。サアお上り、お労れつろ、もう病気はそのいにようおなりたのか。」「アラおまいお戻りたか。」「マ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。「あいづは外国人だな。」「学校さはいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 言葉の通じない外国人に、こちらのおだやかな気持を通じさせようとするのかもしれません。けれども、ニヤニヤしないでも、真実のこもった親切な表情で十分心もちは通じます。 長い歴史の間、過去の日本人が、上から抑えつけられてばかりいた結果、・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・仏涅槃ののちに起った大乗の教えは、仏のお許しはなかったが、過現未を通じて知らぬことのない仏は、そういう教えが出て来るものだと知って懸許しておいたものだとしてある。お許しがないのに殉死の出来るのは、金口で説かれると同じように、大乗の教えを説く・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・此の言葉は自分には意味が通じない。人間として根本から純然たる感覚活動をなし得るものがあるなら、その者は動物に他ならない。悟性活動をするものが人間で、その悟性活動に感覚活動を根本的に置き代えるなどと云うことは絶対に赦さるべきことではない。或い・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫