・・・また南北に通ずる新道にして電車の通らないものが三筋ある。これらの新道はそのいずれを歩いても、道幅が広く、両側の人家は低く小さく、処々に広漠たる空地があるので、青空ばかりが限りなく望まれるが、目に入るものは浮雲の外には、遠くに架っている釣橋の・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・そうしてその頭の上は硝子一枚を隔てて全世界に通ずる大空である。眼に遮るものは微塵もない。カーライルは自分の経営でこの室を作った。作ってこれを書斎とした。書斎としてここに立籠った。立籠って見て始めてわが計画の非なる事を悟った。夏は暑くておりに・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・「最後に小生は目下我邦における学問文芸の両界に通ずる趨勢に鑒みて、現今の博士制度の功少くして弊多き事を信ずる一人なる事を茲に言明致します。「右大臣に御伝えを願います。学位記は再応御手許まで御返付致します。敬具」 要するに文部大臣・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・そこに哲学は宗教に通ずるものがあるのである。大疑の下に大悟ありという。哲学はかかる立場において、知識の根本原理を把握するのである。故に哲学の最高原理は、矛盾的自己同一的たらざるを得ない。 知識は単に形式論理の立場から成立するのではない。・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・そこからラ・ブリュイエルやヴォーヴナルグなどのいわゆるモラリストへ行くこともできるが、途はメーン・ドゥ・ビランやベルグソンの哲学へも通ずるのである。 京都へ来た初頃には、私は大にベルグソンに共鳴していた。私が始めてベルグソンを知った・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・西洋の学者は、必ずラテン、ギリーキの古語を学び、そのほか五、六ヶ国の語に通ずる者少なからず。東洋諸国に来たる欧羅巴人は、支那・日本の語にも通じて、著述などするものあり。西洋人に限り天稟文才を備うるとの理もあるまじ。ただ学問の狭博はその人の勉・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・上士の残夢未だ醒めずして陰にこれを忌むものあれば、下士は却てこれを懇望せざるのみならず、士女の別なく、上等の家に育せられたる者は実用に適せず、これと婚姻を通ずるも後日生計の見込なしとて、一概に擯斥する者あり。一方は婚を以て恩徳のごとく心得、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・私だけの心持で、その一筋を追いつめてゆくと、悲しさに通ずるものが心に湧いて来るのである。〔一九三九年五月〕 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・曲された功用論への是正としての芸術本質論の方法において、文学の経た歴史の刻みを逆に辿る形をより強く示めさざるを得なかったような現象は、今日の紛糾を明日へ向って勁く掴む歴史的な感覚の弱さでは小説の弱さに通ずるものとして、私たちを深く省みさせる・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・予はあらゆる偶像の胸を通ずる一つの大いなる道を予感する。そうして過去未来にわたる全人類の努力が畢竟この道に向かって集まっていることを感ずる。永遠に現在なる生命はこの道の上にあって勇躍するのである。予はその光景を描き得んことを願う。・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫