・・・が、芸術に興味のない、語学的天才たる粟野さんの前にはどちらも通用するはずはない。すると保吉は厭でも応でも社会人たる威厳を保たなければならぬ。即ち借りた金を返さなければならぬ。こう云う手数をかけてまでも、無理に威厳を保とうとするのはあるいは滑・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・もし通用さえするならば、たとえば、「彼女の頬笑みは門前雀羅を張るようだった」と形容しても好い筈である。 もし通用さえするならば、――万事はこの不可思議なる「通用」の上に懸っている。たとえば「わたくし小説」もそうではないか? Ich-Ro・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・を得意とし、世間に通用しない「独りよがり」が世間に認められないのを不満としつつも、誰にも理解されないのをかえって得意がる気味があった。が、紅葉も露伴も飽かれた今日、緑雨だけが相変らず読まれて、昨年縮印された全集がかなりな部数を売ったというは・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・旧紙幣の通用するうちに、式をあげた方がいいだろうと説き伏せると、彼も漸く納得して、二月の末日、やっと式ということになった。 仲人の私は花嫁側と一緒に式場で待っていたが、約束の時間が二時間たっても、彼は顔を見せない。 私はしびれを切ら・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・日記や随筆と変らぬ新人の作品が、その素直さを買われて小説として文壇に通用し、豊田正子、野沢富美子、直井潔、「新日本文学者」が推薦する「町工場」の作者などが出現すると、その素人の素直さにノスタルジアを感じて、狼狽してこれを賞讃しなければならぬ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「でも、この通り、ちゃんと通用するんだよ。」メリケン兵は、また札を二三枚抜いてパチパチ指ではじいて見せた。 彼は背に火がついたような焦燥を感じた。そして、心で日本刀の味を知れ! と呟いた。 ――入院患者をつれてきた上等兵の話はそ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・悪口をいえば骨董は死人の手垢の附いた物ということで、余り心持の好いわけの物でもなく、大博物館だって盗賊の手柄くらべを見るようなものだが、そんな阿房げた論をして見たところで、野暮な談で世間に通用しない。骨董が重んぜられ、骨董蒐集が行われるお蔭・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・やむをえず負える靴をとりおろして穿ち歩むに、一ツ家のわらじさげたるを見当り、うれしやと立寄り一ツ求めて十銭札を与うるに取らず、通用は近日に廃せらるる者ゆえ厭い嫌いて、この村にては通用ならぬよしの断りも無理ならねど、事情の困難を話してたのむに・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・殿「それは何んだの相場によって違うが、大抵二十五両ぐらいの通用のものである」七「へえ一枚二十五両ッ……これが一枚あれば家内にぐず/″\いわれる訳はないが、二枚並んでゝも他人の宝を見たって仕方がないな」殿「何をぐず/″\いって居る・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・しかし世間並から言えば、かなりの男振りで、立派に通用するのである。 ポルジイは暇を遣るとき握手して遣ることは出来なかった。それは自分の手が両方共塞がっていたからである。右には紙巻烟草を持っていた。左には鞭を持っていた。鞭を持っていたのは・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫