・・・ 爾来数年、志村は故ありて中学校を退いて村落に帰り、自分は国を去って東京に遊学することとなり、いつしか二人の間には音信もなくなって、忽ちまた四、五年経ってしまった。東京に出てから、自分は画を思いつつも画を自ら書かなくなり、ただ都会の大家・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 十六歳のとき清澄山を下って鎌倉に遊学した。鎌倉は当時政治と宗教の中心地であった。鎌倉の五年間に彼は当時鎌倉に新しく、時を得て流行していた禅宗と浄土宗との教義と実践とを探求し、また鎌倉の政治の実情を観察した。彼の犀利の眼光はこのときすで・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・本社発行の『秘中の秘』十月号に現代学生気質ともいうべき学生々活の内容を面白い読物にして、世の遊学させている父兄達に、なるほどと思わせるようなものを載せたいと思うのです。で、代表的な学校、をえらび、毎月連載したいと思います。ついては、先ず来月・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・そして他郷に遊学すると同時にやめてしまって、今日までついぞ絵筆を握る機会はなかった。もと使った絵の具箱やパレットや画架なども、数年前国の家を引き払う時に、もうこんなものはいるまいと言って、自分の知らぬ間に、母がくず屋にやってしまったくらいで・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・小説雁の一篇は一大学生が薄暮不忍池に浮んでいる雁に石を投じて之を殺し、夜になるのを待ち池に入って雁を捕えて逃走する事件と、主人公の親友が学業の卒るを待たずして独逸に遊学する談話とを以て局を結んでいる。今日不忍池の周囲は肩摩轂撃の地となったの・・・ 永井荷風 「上野」
・・・子弟を学塾に入れ或は他国に遊学せしむる者ありて、文武の風儀にわかに面目を改め、また先きの算筆のみに安んぜざる者多し。ただしその品行の厳と風致の正雅とに至ては、未だ昔日の上士に及ばざるもの尠なからずといえども、概してこれを見れば品行の上進とい・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ 同じ頃、まだ生活の方向をも定めていなかった若い有島武郎は信仰上の深い懐疑を抱いたままアメリカ遊学の途に上った。一九〇三年の九月にシカゴに着いた。そこで森という一人物に会って信子について物語をしていることがやはり日記に残されている。・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ こういう風趣の作品を書いた作者落華生が、コロンビア大学、オクスフォード大学に遊学して、専門は印度哲学の教授であるというのは面白い。余技のように作品を書いて来ていて、初めの頃は異国情調や宗教的色彩の濃いロマンティシズムに立つ作品であった・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ やっと自由を恢復してから、ツルゲーネフはドイツやフランスへ遊学した。そして、再びロシアに帰って来はしたが、その時の彼はロシアを自分の生きて、闘って、而して死すべき場処として考えることは出来なくなっていた。貴族でなければ出来ないパリとロ・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫