・・・唯一言したいのは、もしわたくしが父兄を養わなければならぬような境遇にあったなら、他分小説の如き遊戯の文字を弄ばなかったという事である。わたくしは夙くから文学は糊口の道でもなければ、また栄達の道でもないと思っていた。これは『小説作法』の中にも・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・其飲食遊戯の時間は男子が内を外にするの時間にして、即ち醜体百戯、芸妓と共に歌舞伎をも見物し小歌浄瑠璃をも聴き、酔余或は花を弄ぶなど淫れに淫れながら、内の婦人は必ず女大学の範囲中に蟄伏して独り静に留守を守るならんと、敢て自から安心してます/\・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 女子少しく成長すれば男子に等しく体育を専一とし、怪我せぬ限りは荒き事をも許して遊戯せしむ可し。娘の子なるゆえにとて自宅に居ても衣裳に心を用い、衣裳の美なるが故に其破れ汚れんことを恐れ、自然に運動を節して自然に身体の発育を妨ぐるの弊あ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・縁語及び譬喩 蕪村が縁語その他文字上の遊戯を主としたる俳句をつくりしは怪しむべきようなれど、その句の巧妙にして斧鑿の痕を留めず、かつ和歌もしくは檀林、支麦のごとき没趣味の作をなさざるところ、またもってその技倆を窺うに足る。縁・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・この球こそこの遊戯の中心となる者にして球の行く処すなわち遊戯の中心なり。球は常に動く故に遊戯の中心も常に動く。されば防者九人の目は瞬時も球を離るるを許さず。打者走者も球を見ざるべからず。傍観者もまた球に注目せざればついにその要領を得ざるべし・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・もし協力というものを遊びごっこのような、恋愛遊戯の一つのエティケットのように扱うならば、結婚と一緒にそれは幻滅するであろう。――最も深い意味で、最も永続的な意味で、最も責任のある意味で協力が必要とされてきている時期に……。 協力というこ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・とにかく力一杯にやって来、終に身を賭して自己に殉じてしまった心は、私に人生の遊戯でないことを教え、生きて居る自分に死と云うものの絶対で、逆に力を添える。 自分の一生のうちに、此事は、大きな、大きな、関係を持って居ることだ。 私は、死・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・それは彼にとって確に愉快な遊戯であった。 と、忽ち、秋三は安次を世話する種々な煩雑さから迯れようとしていた今迄の気持がなくなって、ただ、勘次の家を一日でも苦しめてみることに興味を持った。「おい、南の勘とこへ行かんか。あいつはお前とこ・・・ 横光利一 「南北」
・・・日本画家は手に合わぬものを弄んで、生命のない色と線の遊戯に堕する傾向を示している。 洋画家の自然に対する態度はとにかく謙遜である。ある者は自然の前に跪拝し、ある者は自然を恋人のごとく愛慕する。そうして常に自然から教わるという心掛けを失わ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・ しかし少年時代からこの苦労をなめて来た藤村にとっては、それは、思想的遊戯の問題などではなかった。おそらく藤村自身それをはっきりと反省の材料となし得ないほどに、それは藤村のなかに深くしみ込んでいたであろう。藤村は、無性格などということと・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫