・・・ 記者がうっかり見愡れた時、主人が片膝を引いて、前へ屈んで、「辰さん――道普請がある筈だが前途は大丈夫だろうかね。」「さあ。」「さあじゃないよ、それだと自動車は通らないぜ。」「もっとも半月の上になりますから。」と運転手は一筋路を山の根へ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 九竜で見たと同じ道普請のローラーで花崗石のくずをならしている。その前を赤い腰巻きをしたインド人が赤旗を持ってのろのろ歩いていた。 エスプラネードを歩く。まっ黒な人間が派手な色の布を頭と腰に巻いて歩いているのが、ここの自然界とよく調・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・お辞儀一つで事が済むなら訳のないことだと、僕は早速承知して主人と共にその自動車に乗り、道普請で凹凸の甚しい小石川の春日町から指ヶ谷町へ出て、薄暗い横町の阪上に立っている博文館へと馳付けた。稍しばらく控所で待たされてから、女給仕に案内せられて・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・が、道普請は、昔そのためにされたのではない。軍用だった。帝政ロシアの権力が武力で、絹、皮革の産地チフリース、石油のバクー市を掌握するための近路として拵えたものなのだ。 近東の少数民族の大衆は、灼けつく太陽の熱や半年もつづく長い冬の中で原・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ 途中で見て来た道普請のことが出た。「組合員は反対なんだ。強制賦役反対、弁当代を出せろと云っているんです」 やがて、美味いウドンの昼飯をすませ、山芋掘の鍬をかついだ××君を先頭に家を出た。栗鼠が風の如く杉の梢を、枝から枝へ飛び移・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・砂地であるのに、道普請に石灰屑を使うので、薄墨色の水が町を流れている。 借家は町の南側になっている。生垣で囲んだ、相応な屋敷である。庭には石灰屑を敷かないので、綺麗な砂が降るだけの雨を皆吸い込んで、濡れたとも見えずにいる。真中に大きな百・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫