・・・無名の人たちの原稿を読んでも、文章だけは見よう見真似の模倣で達者に書けているが、会話になるとガタ落ちの紋切型になって失望させられる場合が多い。小説の勉強はまずデッサンからだと言われているが、デッサンとは自然や町の風景や人間の姿態や、動物や昆・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ 彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・わる達者という言葉があります。そう云った意味でわるく健康な感じです。性におえない鉄道草という雑草があります。あの健康にも似ていましょうか。――私の一人相撲はそれとの対照で段々神経的な弱さを露わして来ました。 俗悪に対してひどい反感を抱く・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・『達者でいるらしい、』かれは思った、『たぶん子供もできていることだろう。』 かれはそっと内をのぞいた。桑園の方から家鶏が六、七羽、一羽の雄に導かれてのそのそと門の方へやって来るところであった。 たちまち車井の音が高く響いたと思う・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・坊様もお達者で、早く大きくなって偉いかたになるのですよ」とおろおろ声で言って「徳さんほんとにあまりおそくなるとお宅に悪いから、早く坊様を連れてお帰りよ、わたしは今泣いたので、きのうからくさくさしていた胸がすいたようだ。」 ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・日本語と露西亜語がなか/\達者な、月三十円で憲兵隊に使われている男だった。隊長は犯人を検挙するために、褒美を十円やることを云い渡してあった。密偵は十円に釣られて、犬のように犯人を嗅ぎまわった。そして、十円を貰って嬉しがっている。憲兵は、松本・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・彼と同年輩、または、彼より若い年頃の者で、学校へ行っていた時分には、彼よりよほど出来が悪るかった者が、少しよけい勉強をして、読み書きが達者になった為めに、今では、醤油会社の支配人になり、醤油屋の番頭になり、または小学校の校長になって、村でえ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・そこでおらあ、今はもうがないでも食って行かれるだけのことは有るが、まだ仕合に足腰も達者だから、五十と声がかかっちゃあ身体は太義だが、こうしていで山林方を働いている、これも皆少でも延ばしておいて、源三めに与って喜ばせようと思うからさ。どれどれ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・「いいサ、飲むことはこの通りお達者だ、案じなさんな。児を棄てる日になりゃア金の茶釜も出て来るてえのが天運だ、大丈夫、銭が無くって滅入ってしまうような伯父さんじゃあねえわ。「じゃあ何かいい見込でも立ってるのかエ。「ナアニ、ちっとも・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・それも子供らの母親がまだ達者な時代からの形見として残ったものばかりだった。私が自分の部屋に戻って障子の切り張りを済ますころには、茶の間のほうで子供らのさかんな笑い声が起こった。お徳のにぎやかな笑い声もその中にまじって聞こえた。 見ると、・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫