・・・中尉達の方では、それに金を掛けているだけが違う。それでも竜騎兵中尉は折々文士のいる卓に来て、余り気も附けずに話を聞いて、微笑して、コニャックをもう一杯呑んで帰ることがある。 これが銀行員チルナウエルの大事件に出逢う因縁になったのである。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・しかし音の場合はやや趣が違う。少なくもわれわれ目明きの世界においては、一つの雑音あるいは騒音の聴覚によって喚起される心像は非常に多義的なものである。たとえば風の音は衣ずれの音に似通い、ため息の声にも通じる。タイプライターの音は機関銃にも、鉄・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・「ここはこの間釣りに来たところと、また違うね」私は浜辺へ来たときあたりを見まわしながら言った。 沼地などの多い、土地の低い部分を埋めるために、その辺一帯の砂がところどころ刳り取られてあった。砂の崖がいたるところにできていた。釣に来た・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・昔の感激主義に対して今の教育はそれを失わする教育である、西洋では迷より覚めるという、日本では意味が違うが、まあディスイリュージョン、さめる、というのであります。なぜ昔はそんな風であったか。話は余談に入るが、独逸の哲学者が概念を作って定義を作・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・それにしても盗癖は違う。いくら不自由をしない家の子でも、盗癖ばかりは不可抗的なものだ。だが、盗癖ならばまず彼がその難をこうむるべき手近にいた。且つ近来、学校中で盗難事件はさらになかった。 下痢かなんかだろう。 安岡はそう思って、眠り・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・月給を貰って妻子を養ってる、軍人とは違うんでしょう。貴方は家の相続人ですわ。お国には阿母さんが唯ッた一人、兄さんを楽しみにして待ってらッしゃるでしょう。仙台は仙台で、三歳になる子まである嫂さんがあるでしょう。それだのに、兄さんが万一、』・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・心騒しく眼恐しく云々、如何にも上流の人間にあるまじき事にして、必ずしも女の道に違うのみならず、男の道にも背くものなり。心気粗暴、眼光恐ろしく、動もすれば人に向て怒を発し、言語粗野にして能く罵り、人の上に立たんとして人を恨み又嫉み、自から誇り・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・――斯ういう風に実例を眼前に見て、苦しいとか、楽しいとか云う事は、人によって大変違う。例えば私が苦しいと思う事も、其女は何とも思わんかも知らん。それはまア浅薄で何とも思わないんだが、浅薄でなくてしかも何とも思わん人もある。それは誰かと云うに・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・何よりさきにあなたに申さなくてはならないのは、あなたのお作の中に出て来る女とわたくしとは違うと申す事でございます。何もわたくしが一人ひどく変った女だと申すのではございません。わたくしはただ当り前の田舎の女でございます。わたくしの母がそうであ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・日本の甲冑は美術的であろうというと、西洋の甲冑の方が美術的だという、一々衝突するから、同じ人間の感情がそれほど違うものかと、余り不思議に思ってつくづくと考えた。その内ふと俳句と比較して見てから大に悟る所があった。俳句に富士山を入れると俗な句・・・ 正岡子規 「画」
出典:青空文庫