木村は官吏である。 ある日いつもの通りに、午前六時に目を醒ました。夏の初めである。もう外は明るくなっているが、女中が遠慮してこの間だけは雨戸を開けずに置く。蚊の外に小さく燃えているランプの光で、独寝の閨が寂しく見えている。 器・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・僕と俳句友達ですから、遠慮の要らない間柄なんです。」と高田は附加して云った。「しかし、憲兵に来られちゃね。」「さァ、しかし、そこは句会ですから、何とかうまくやるでしょう。」 途中の間も、梶と高田は栖方が狂人か否かの疑問については・・・ 横光利一 「微笑」
・・・じっと坐って、遠慮して足を伸ばそうともしないでいる。なんでも自分の腰を据えた右にも左にも人が寝ているらしい。それに障るのが厭なのである。 暫く気を詰めて動かずにいると、額に汗が出て来る。が重くなって目が塞がりそうになる。その度にびっくり・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ ところで右にあげたような藤村の好みのなかにはっきりと現われている独自な性格は、それが無遠慮に発揮されないで、何となく人の気を兼ねるという色合いを持っていることである。 昔の日本人は、他人に見える着物の表面を質素なものにし、見え・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫