・・・人の智徳は教育によりておおいに発達すといえども、ただその発達を助くるのみにして、その智徳の根本を資るところは、祖先遺伝の能力と、その生育の家風と、その社会の公議輿論とにあり。蝦夷人の子を養うて何ほどに教育するも、その子一代にては、とても第一・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・近く有形のものについて確かなる証拠を示さんに、両親の身体に病あればその病毒は必ず子孫に遺伝するを常とす、人の普く知る所にして、夫婦の病は家族百病の根本なりといわざるを得ず。有形の病毒にして斯の如くなれば、無形の徳義においてもまた斯の如くなる・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 種々な点から反省して見て、自分には、今日女性が作家としてまだ完全に近い発達を遂げていないのは、箇性の芸術的天分と、過去の文化的欠陥が遺伝的に女性の魂そのものに与えた、深い悲しむべき影響との間に起る、微細な、然し力強い矛盾に原因している・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・さらに今日常識が遺伝についてある程度の知識を求めているからにはメンデルの「雑種植物の研究」も、決して身に遠い著作ではないと思う。 このように遺伝の作用をも内にはらむ人間の生命の生物としての構成の微妙さを私たちに知らせるのは生理学であろう・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・産院を出ると、お母さんと子供の住んでいる区の健康相談所があって、そこへ産院からその子供がどんな発育状態で生れたか、お母さんはどういう健康状態の下に乳を与えているかということ、性病の遺伝があるかないか、そういうことを記入した子供と母親とのカー・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ 第二は、結婚生活を、全く当事者間の箇人的結合と云う点にだけ強調して、互の事業を完成させる為、又は、互の精神的肉体的欠点を後代に遺伝させない為、全然子供を期待しないもの。 最後に、非常な下層民で、生活の機能、人格価値などに対してはま・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 断種協会は、この社会の不幸である悪質の病気、アルコール中毒等の遺伝から子孫を防衛するために、そういう変質者、病人の断種を人道上の常識としようとする科学的立場によって、組織された会である。 産児制限を、不道徳であると婦人科の女医師で・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・同時に、今日の歴史の到達点に立って顧れば、テエヌが唯物論者として、社会と文学との関係を、彼の芸術理論の重要な三つの点、遺伝、環境、時代との環において捕えつつ、やはりその頃のフランス唯物論のブルジョア的限局のうちにあって、彼も結局は受動的な、・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ゴルキイのような vagabondage をして愉快を感じるには、ロシア人のような遺伝でもなくては駄目らしい。やはりけちな役人の方が好いかも知れないと思って見る。そしてそう思うのが、別に絶望のような苦しい感じを伴うわけでもないのである。・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そうして見ると、教育のない人の信仰が遺伝して、微かに残っているとでも思わなくてはなるまい。しかしこれは倅の考えるように、教育が信仰を破壊すると云うことを認めた上の話である。果してそうであろうか。どうもそうかも知れない。今の教育を受けて神話と・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫