・・・御願い申します。十一月二十九日。栗飯原梧郎。太宰治様。ヒミツ絶対に厳守いたします。本名で御書き下さらば尚うれしく存じます。」「拝復。めくら草子の校正たしかにいただきました。御配慮恐入ります。只今校了をひかえ、何かといそがしくしております・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・安易にこんな事は口にしたくないが、神の配慮、という事を思わずにはいられない。私はねばって、とにかく小説を書きとおした。 戦争成金のほかは、誰しも今は苦しいのだから、自分ひとりの生活苦は言うまいと思って努めて快活のふうを装っていたが、それ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ 尚、この四枚の拙稿、朝日新聞記者、杉山平助氏へ、正当の御配慮、おねがい申します。 右の感想、投函して、三日目に再び山へ舞いもどって来たのである。三日、のたうち廻り、今朝快晴、苦痛全く去って、日の光まぶしく、野天風呂にひたって、・・・ 太宰治 「創生記」
・・・そうとも、天の配慮を信じているのだ。御国の来らむことを。 日本浪曼派の一週年記念号に、私は、以上のいつわらざる、ぎりぎりの告白を書きしるす。これで、だめなら、死ぬだけだ。 頽廃の児、自然の児 太宰治は簡単である。・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・高等学校時代厳父の死に会い、当時家計豊かでなかったため亡父の故旧の配慮によって岩崎男爵家の私塾に寄食し、大学卒業当時まで引きつづき同家子弟の研学の相手をした。卒業後長崎三菱造船所に入って実地の修業をした後、三十四年に帰京して大学院に入り、同・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・兄には多少の不満もあったが、それは親の愛情から出た温かい深い配慮から出たものであった。義姉はというと、彼女は口を極めて桂三郎を賞めていた。で、また彼女の称讃に値いするだけのいい素質を彼がもっていることも事実であった。 とにかく彼らは幸福・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・未亡人の生活になげられたのは、明朗な社会的な協力というよりも、親族的な配慮であり、さもなければうけるのも苦しいというような異性の好意である場合が多い。若いしっかりした良人を失った女性たちは、こういう経験をとおしてだけでも、どんなに仕事の上で・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・新制『くにのあゆみ』は、その点に特別の配慮がされていて、物語る口調そのものの平らかさにまで随分気がくばられている。 抗争摩擦の面をさけてなるべく平和にと心がけられた結果、その努力は一面の成功と同時に、あんまり歴史がすべすべで民族自体の気・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・に通暁した配慮を、少しひろげ、更にも少し広くして、自分たちの国としての「やりくり」にも智慧と良心とを発揮することが、どうして出来ないと云えるだろう。 政治という言葉を、本来の生き生きとした人間の言葉に云い直すと、それは、社会のきりまわし・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・一頁をいくつにも区切って、新聞の絵の一コマの狭さのものがそのまま、ただびっしり詰められてあるきりで、ゆったりと心持ちよい線で描き出されたフクチャンを子供らに見せてやろうという愛の配慮やユーモアはないのである。 児童のための良書ということ・・・ 宮本百合子 「“子供の本”について」
出典:青空文庫