・・・照井が玄関へ受け取りに出て、配達人が一枝だったので、驚いた。「やあ、自転車が役に立ちましたね。いつかあんなことをいって済みません」 一枝はだまって暗い戸外へ出た。電報は「ゾ ウサンノタメシヨウガ ツヤスミヘンジ ヨウ」カエラヌ」ツル・・・ 織田作之助 「電報」
・・・そして手紙の日づけと配達された日との消印の間に二十日ほど経っているが、それが検閲に費された日数なのであろう。そしてその細罫二十五行ほどに、ぎっしりと、ガラスのペンか何かで、墨汁の細字がいっぱいに認められてある。そしてちょっと不思議に感じられ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・その青年は新聞配達夫をしていた。風邪で死んだというが肺結核だったらしい。こんな奇麗な前庭を持っている、そのうえ堂々とした筧の水溜りさえある立派な家の伜が、何故また新聞の配達夫というようなひどい労働へはいって行ったのだろう。なんと楽しげな生活・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・電報配達夫が恐ろしかった。 ある朝、彼は日当のいい彼の部屋で座布団を干していた。その座布団は彼の幼時からの記憶につながれていた。同じ切れ地で夜具ができていたのだった。――日なたの匂いを立てながら縞目の古りた座布団は膨れはじめた。彼は眼を・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・別荘と畑一つ隔たりて牛乳屋あり、樫の木に取り囲まれし二棟は右なるに牛七匹住み、左なるに人五人住みつ、夫婦に小供二人、一人の雇男は配達人なり。別荘へは長男の童が朝夕二度の牛乳を運べば、青年いつしかこの童と親しみ、その後は乳屋の主人とも微笑みて・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・それは、そんなのを防ぐためだろうが、内地米と外米をすっかり混合してしまって配達するのである。鶏に呉れてやる女には、これはよいことだが、一週間に一度だけ内地米を食って息をついていた子供らにはこれはなか/\慰められないおお事である。・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・毎朝の新聞はそれで配達を受けることにしてある。取り出して来て見ると、一日として何か起こっていない日はなかった。あの早川賢が横死を遂げた際に、同じ運命を共にさせられたという不幸な少年一太のことなぞも、さかんに書き立ててあった。またかと思うよう・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・の作品だけを目当に生きて来ました。正直な告白のつもりであります。 あなたは、たしか、私よりも十五年、早くお生れの筈であります。二十年前に、私が家を飛び出し、この東京に出て来て、「やまと新報」の配達をして居りました時、あなたの長篇小説「鶴・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・あなたは、私の知らぬ間にデパートへ行って何やらかやら立派なお道具を、本当にたくさん買い込んで、その荷物が、次々とデパートから配達されて来るので、私は胸がつまって、それから悲しくなりました。これではまるで、そこらにたくさんある当り前の成金と少・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ それはとにかく「四時」「九時」と時刻を克明に書いている所に何となく自分の頭にある子規という人が出ているような気がする。そうかと思うと日附は書いてないのも何となく面白い。 配達局の消印も明瞭で駒込局のロ便になっている。一体にその頃の・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
出典:青空文庫