・・・これは明らかに噴煙の頭に大きな渦環が重畳していることを示すと思われた。 仰角から推算して高さ七八キロメートルまでのぼったと思われるころから頂部の煙が東南になびいて、ちょうど自分たちの頭上の方向に流れて来た。 ホテルの帳場で勘定をすま・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・そういう場合には、眼前の数首の歌で一つの面を作っているとすると、その面の上にも下にもいくつもの面が限りもなく層状に重畳していて、つまり一つの立体的の世界がある、その世界の一つの断面がくっきり描かれているような気がします。それである一つの歌と・・・ 寺田寅彦 「書簡(2[#「2」はローマ数字2、1-13-22])」
・・・九、十、十一、十二、十四等の音から成る詩句が色々に重畳しているというだけしか分りかねる。ただこういうものからだんだんに現在の短歌型式が発生して来たであろうということは、これらの詩の中で五および七の音数から成るものが著しく多数であることから想・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・しかし統計に関する数理から考えてみると、一家なり一国なりにある年は災禍が重畳しまた他の年には全く無事な回り合わせが来るということは、純粋な偶然の結果としても当然期待されうる「自然変異」の現象であって、別に必ずしも怪力乱神を語るには当たらない・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・句の外観上の表面に現われた甲の曲線から乙の曲線に移る間に通過するその径路は、実は幾段にも重畳した多様な層の間にほとんど無限に多義的な曲線を描く可能性をもっているのである。そうして連句というものの独自なおもしろみはまさにこの複雑な自由さにかか・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 社会の歩みは日本の今日の若い世代を片脚だけ鎖の切れたプロメシゥスのような存在にしているから、両性の友情の条件も実に波瀾重畳の趣である。男と女とのつき合いはまだまだ特殊な目で見られているのだから、どうしても、一方には責任を負わないことを・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・ 主人公となっている労働者の息子サーニが、優秀な機関手となり、コムソモールとなる迄の生活は、浮浪児の一人として波瀾重畳であり、社会的な犯罪にさえも近づいた時期があった。国内戦時代のことで、そのような悪童的な放浪の道はたまたま赤軍の装甲列・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・ 更に十年経って、今日の世界の現実は、窮極における人間の理性というものを益々信ずべきことを私たちに教えていると思う。重畳する波瀾をとおして、もし私たちが女としてただ一つの善意さえ現実に成り出させようと願うなら、いつの時代よりも世紀の紛乱・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・歴史小説の題材としての蒋介石の生涯は東洋史の新たな本質を語るものであり、彼の波瀾重畳に作用を及ぼす力は尾崎秀実氏の「南京政府論」が分析されている種類だけのものではないであろう。今日及び明日の作家には、文学の大道から、今日おびただしい犠牲を通・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・執筆された当時から今日までには僅か五年足らずの年月しか経ていないのであるが、その間には此等の諸論策の筆者自身の身辺に重畳せる波瀾を生ぜしめた左翼運動の急激な画期的な動きがあり、同時に、プロレタリア文学の現状というものも、此等の論文を書かしめ・・・ 宮本百合子 「『文芸評論』出版について」
出典:青空文庫