・・・そして、狭小、野卑の悪感を催さない。なぜならば、これ、一人の感情ではなかったゝめだ。郷人の意志であり、情熱であった。これを、土と人とが産んだものと見るのが本当であろう。 民謡を都会の舞台に乗せたり、また、職業的詩人をして、一夜造りに、こ・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・ 五代は丹造のきょときょとした、眼付きの野卑な顔を見て、途端に使わぬ肚をきめたが、八回無駄足を踏ませた挙句、五時間待たせた手前もあって、二言三言口を利いてやる気になり、「――お前の志望はいったい何だ?」 と、きくと丹造はすかさず・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・かれは飲み干して自分の顔を見たが、野卑な喜びの色がその満面に動いたと思うとたちまち羞恥の影がさっと射して、視線を転じてまた自分を見て、また転じた。自分はもうその様子を視ていられなくなった。『大ぶんお歳がゆきましたね、』思わず同情の言葉が・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・斐絹のパッチで尻端折、薄いノメリの駒下駄穿きという姿も、妙な洒落からであって、後輩の自分が枯草色の半毛織の猟服――その頃銃猟をしていたので――のポケットに肩から吊った二合瓶を入れているのだけが、何だか野卑のようで一群に掛離れ過ぎて見えた。・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・眼は黄色く濁って、髪は薄く、額は赤黒く野卑にでらでら油光りして、唇は、頬は、鼻は、――あによめは、あまりの恐怖に、わなわなふるえる。 母の病室。ああ、これは、やっぱり困ったことだ。どうにも想像の外である。私の空想は、必ずむざんに適中する・・・ 太宰治 「花燭」
・・・酒は独酌に限りますなあ、なんて言う男は、既に少し荒んだ野卑な人物と見なされたものである。小さい盃の中の酒を、一息にぐいと飲みほしても、周囲の人たちが眼を見はったもので、まして独酌で二三杯、ぐいぐいつづけて飲みほそうものなら、まずこれはヤケク・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・一、彼の風采上らず、その言語野卑なり。例えば、(その書は重く、かつ強し。その逢うときの容貌は弱く、言は鄙と言われ、パウロは無念そうに、(我は何事にも、かの大使徒たちに劣らずと思う。われ言葉に拙けれども知識には然らず、凡ての事にて全く・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・その言葉使いの野卑で憎らしかったには、傍で聞いている子供心にもカッと腹が立った。その時ばかりは兵隊が可哀相で、反身になった士官の胸倉へ飛び付いてやろうかと思った。それ以来軍人と云うものはすべてあんなものかと云うような単純な考えが頭に沁みて今・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・その羅宇屋が一風変った男で、小柄ではあったが立派な上品な顔をしていて言葉使いも野卑でなく、そうしてなかなかの街頭哲学者で、いろいろ面白いリマークをドロップする男であった。いつもバンドのとれたよごれた鼠色のフェルト帽を目深に冠っていて、誰も彼・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・我輩に於ても固より其野鄙粗暴を好まず、女性の当然なりと雖も、実際不品行の罪は一毫も恕す可らず、一毫も用捨す可らず。之が為めに男子の怒ることあるも恐るゝに足らず、心を金石の如くにして争うこそ婦人の本分なれ。女大学記者は是等の正論を目して嫉妬と・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫