・・・ これほどだいじな神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護されているのであるが、一国の神経であり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・又電燈でぼんやり照らされている野天のプラットフォームへ出て、通りかかった国家保安部の制服をきた男に、 ――あなたそれどこでお買いになりました? 私売店をさがしてるんですが―― その男は襟ホックをはずしたまんま、手に二つ巻煙草入れをも・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ひっそり砂利を敷きつめた野天に立つ告知板の黒文字 しらおか 寂しい駅前の光景が柔かく私の心を押した。「白岡ですよ」 婆さんは袋と洋傘とを今度は一ツずつ左右の手に掴み、周章てて席を出たが、振り返り、「あの、私の降りるのここでござん・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・学校へ行かない一太は一日家に凝っとしていなければならないが、毎日野天にいることが多い一太にとってそれは実に退屈だった。一太の家は、千住から小菅の方へ行く街道沿いで、繩暖簾の飯屋の横丁を入った処にあった。その横丁は雨っぷりのとき、番傘を真直さ・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・固いタコができてラジウムの火傷の痕のある手を持った小柄な五十がらみの一人の婦人が、着のみ着のままで野天のテントの中に眠っている。その蒼白い疲れた顔を見た人は、それが世界のキュリー夫人であり、ノーベル賞の外に六つの世界的な賞を持ち、七つの賞牌・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ ひたと我下にある大地ああ、よい 初夏よ私は 母の懐 野天に帰り心安らかに生命の滋液を吸う胡坐を組み只管イスラエルの民のように父なる天に溶け入るのだ。 文明人可笑しな 文明人何故 あの人・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・十日ばかり、ほとんど毎日野天で昼間は暮らし、大分日にやけ、足が達者になりました。スキーで有名な志賀高原へ一昨日行きました。新しいドライヴ・ウエイを二十分ばかりのぼると杉、松、栗、柏などの見事な喬木の森がつきて白樺、つつじ、笹などの高原植物に・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・大体、郊外の住宅地というものは、子供と大人の肉体のために野天と日光がたっぷりあるというだけがとりえのものではないだろうか。底を見ると社会的に不健康なものがあるのではなかろうか。 時間の不経済な点もあって、私共の間にはもう疾うから、都会生・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・昼間、太陽が野天に輝やいて、遠くの森が常緑の梢で彼を誘惑する時、雄鳩は白い矢のように勇ましく其方へ翔んだ。けれども夕方が地球の円みを這い上って彼の本能に迫る時、雄鳩は急な淋しさを覚えた。彼は畑や、硝子をキラキラ夕栄えさせる温室の陰やらを気ぜ・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・そこで野天映画をやっている。音響もなく人声もせず、ただ街路樹の葉ごしに、大きく黒く銀幕の上で動く人物の足の一部分が見えたりする。――軈てそれを観に自分たちも室を去った。 三 風がきつい。石油が細いピストンの・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫