・・・すると小杉君が、「鉄砲疵が無くっちゃいけねえだろう、こゝで一発ずつ穴をあけてやろうか」と云った。 けれども桂月先生は、小供のように首をふりながら、「なに、これでたくさんだ」と云い/\その黐だらけの二羽の鴨を古新聞に包んで持って帰った。・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・ぱちぱちという音のほかに、ぱんぱんと鉄砲をうつような音も聞こえていた。立ちどまってみると、ぼくのからだはぶるぶるふるえて、ひざ小僧と下あごとががちがち音を立てるかと思うほどだった。急に家がこいしくなった。おばあさまも、おとうさんも、おかあさ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・あの、翼、あの、帯が、ふとかかる時、色鳥とあやまられて、鉄砲で撃たれはしまいか。――今朝も潜水夫のごときしたたかな扮装して、宿を出た銃猟家を四五人も見たものを。 遠くに、黒い島の浮いたように、脱ぎすてた外套を、葉越に、枝越に透して見つけ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・…… 我が手で、鉄砲でうった女の死骸を、雪を掻いて膚におぶった、そ、その心持というものは、紅蓮大紅蓮の土壇とも、八寒地獄の磔柱とも、譬えように口も利けぬ。ただ吹雪に怪飛んで、亡者のごとく、ふらふらと内へ戻ると、媼巫女は、台所の筵敷に居敷・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・『こないなことなら、いッそ、割腹して見せてやる』とか、『鉄砲腹をやってやる』とか、なかなか当るべからざる勢いであったんや。然し、いよいよ僕等までが召集されることになって、高須大佐のもとに後備歩兵聨隊が組織され、それが出征する時、待ちかまえと・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・どこの田や、圃でも、鉄砲を持った、勇ましいかがしを立てている。」といいました。 これをきいて、太吉じいさんは、「なるほどそうかな、弓なんて、なにするものか、昔の鳥は知っても、このごろの鳥たちは知るまいて。」と、いって、おじいさんは弓・・・ 小川未明 「からすとかがし」
・・・なに鳥だろうと、下男はその方を見ていると、ズドンといって鉄砲を打つ音が聞こえました。すると、さっき見た鳥は飛びあがって、今度ははるかかなたをさして飛んでいってしまいました。だれか、打ちそこなったのだなと思っていると、そこへ猟師がやってきまし・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・「狐の剃刀とか雀の鉄砲とか、いい加減なことをよく言うぜ」「なんだ、その植物ならほんとうにあるんだよ」「顔が赤いよ」「不愉快だよ。夢の事実で現実の人間を云々するのは。そいじゃね。君の夢を一つ出してやる」「開き直ったね」・・・ 梶井基次郎 「雪後」
『鹿狩りに連れて行こうか』と中根の叔父が突然に言ったので僕はまごついた。『おもしろいぞ、連れて行こうか、』人のいい叔父はにこにこしながら勧めた。『だッて僕は鉄砲がないもの。』『あはははははばかを言ってる、お前に鉄砲が打てるものか・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・時々列車からおりて、鉄砲で打ち合いをやった。そして、また列車にかえって、飯を焚いた。薪が燻った。冬だった。機関車は薪がつきて、しょっちゅう動かなくなった。彼は二カ月間顔を洗わなかった。向うへ着いた時には、まるで黒ン坊だった。息が出来ぬくらい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫