・・・ 豆をはぜらすような鉄砲の音が次第に近づいて来た。 ウォルコフのあとから逃げのびたパルチザンが、それぞれ村へ馳せこんだ。そして、各々、家々へ散らばった。 二 ユフカ村から四五露里距っている部落――C附近を・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・私もあの鶏のような作がきっと出来るというのなら、イヤも鉄砲も有りはしなかったのですがネ。」と謙遜の布袋の中へ何もかも抛り込んでしまう態度を取りにかかった。世の中は無事でさえあれば好いというのなら、これでよかったのだ。しかし若崎のこの答は・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・而して誰も見て居ないと豆鉄砲などを取り出して、ぱちりぱちりと打って遊んで居たこともある。そういうところへ誰かが出て来ると、さあ周章て鉄砲を隠す、本を繰る、生憎開けたところと読んで居るところと違って居るのが見あらわされると大叱言を頂戴した。あ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・は割前の金届けんと同伴の方へ出向きたるにこれは頂かぬそれでは困ると世間のミエが推っつやっつのあげくしからば今一夕と呑むが願いの同伴の男は七つのものを八つまでは灘へうちこむ五斗兵衛が末胤酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者その・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・仲間がだんだん死んでいきましてね。鉄砲で打たれたり、波に呑まれたり、飢えたり、病んだり、巣のあたたまるひまもない悲しさ。あなた。沖の鴎に潮どき聞けば、という唄がありますねえ。わたくし、いつかあなたに有名病についてお話いたしましたけど、なに、・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 俺は鉄砲撃ちなんだ。鉄砲撃ちの平田といえば、このへんでは、知らない者は無いんだ。お好みに応じて何でも撃ってあげますよ。鴨はどうです。鴨なら、あすの朝でも田圃へ出て十羽くらいすぐ落して見せる。朝めし前に、五十八羽撃ち落した事さえあるんだ。嘘・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・「古池やかわず飛び込む水の音」はもちろんであるが「灰汁桶のしずくやみけりきりぎりす」「芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな」「鉄砲の遠音に曇る卯月かな」等枚挙すれば限りはない。 すべての雑音はその発音体を暗示すると同時にまたその音の広がる空間・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・たとえば「鉄砲の遠音に曇る卯月かな」というのがある。同じ鉄砲でもアメリカトーキーのピストルの音とは少しわけがちがう。「里見えそめて午の貝吹く」というのがある。ジャズのラッパとは別の味がある。「灰汁桶のしずくやみけりきりぎりす」などはイディル・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・忘れもしねえ、暑い土用の最中に、餒じい腹かかえて、神田から鉄砲洲まで急ぎの客人を載せって、やれやれと思って棍棒を卸すてえとぐらぐらと目が眩って其処へ打倒れた。帰りはまた聿駄天走りだ。自分の辛いよりか、朝から三時過ぎまでお粥も啜らずに待ってい・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・一同は遂にがたがた寒さに顫出す程、長評定を凝した結果、止むを得ないから、見付出した一方口を硫黄でえぶし、田崎は家にある鉄砲を準備し、父は大弓に矢をつがい、喜助は天秤棒、鳶の清五郎は鳶口、折から、少く後れて、例年の雪掻きにと、植木屋の安が来た・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫