・・・第二に、五月上旬、門へ打つ守り札を、魚籃の愛染院から奉ったのを見ると、御武運長久御息災とある可き所に災の字が書いてない。これは、上野宿坊の院代へ問い合せた上、早速愛染院に書き直させた。第三に、八月上旬、屋敷の広間あたりから、夜な夜な大きな怪・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 長頭丸が時教を請うた頃は、公は京の東福寺の門前の乾亭院という藪の中の朽ちかけた坊に物寂びた朝夕を送っていて、毎朝輪袈裟を掛け、印を結び、行法怠らず、朝廷長久、天下太平、家門隆昌を祈って、それから食事の後には、ただもう机によって源氏を読・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・われは隣組常会に於いて決議せられたる事項にそむきし事ただの一度も無之、月々に割り当てられたる債券は率先して購入仕り、また八幡宮に於ける毎月八日の武運長久の祈願には汝等と共に必ず参加申上候わずや、何を以てか我を注意人物となす、名誉毀損なり、そ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・斎藤月岑の東都歳事記に挙ぐるものを見れば、谷中日暮里の養福寺、経王寺、大行寺、長久院、西光寺等には枝垂桜があり、根津の社内、谷中天王寺と瑞輪寺には名高い八重咲の桜があったと云う。 一昨年の春わたくしは森春濤の墓を掃いに日暮里の経王寺に赴・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 昔の生活の輪は女にとってきびしくとも小さかったから、その頃の三十三の女のひとたちは、自分の身一つの厄除けを家運長久とともに、神へでも願をかけ、何かの禁厭をして、その年を平安に送ることに心がけたのだろう。 暮になったとき柔和な顔を忙・・・ 宮本百合子 「小鈴」
・・・ 数年前、弟が出征したとき、母は、武運長久の願をかけに、山口からわざわざ琴平詣りをした。五月雨のころであった。父にあたる人は七年来の中風で衰弱が目立っていたから、母の琴平詣りも、ほんとうの願がけ一心で、住んでいる町の駅を出たのは夜中のこ・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・武運長久と書いてあったが「武運長久が襷がけならいいんだろ。この頃は白襷がはやるから。こんど出来た字かもしれない」○栗山の婆さん「自殺すると云っちょるげな、息子に話しもめるさかい と云っちょる」・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
出典:青空文庫