・・・われ浮世の旅の首途してよりここに二十五年、南海の故郷をさまよい出でしよりここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかがい草鞋よ脚半よと身をつくろい・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 房々と白い花房を垂れ、日向でほのかに匂う三月の白藤の花の姿は、その後間もなく時代的な波瀾の裡におかれた私たち夫婦の生活の首途に、今も清々として薫っている。 その時分、古田中さんのお住居は、青山師範の裏にあたるところにあった。ある夏・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・結婚しようとする当事者たちの意志できめられるというのは、さわやかにはればれした人生の門出を予約するように感じられる。 民法の上にさっそうたる朝風が吹きわたるとして、さて、私たちの毎日の実際で、当事者同士の意志は、そんな単純明朗であり得る・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・其金と、自分等の書籍と、僅かな粗末な家具が新生涯の首途に伴う全財産なのである。 兎に角、いくら探しても適当な家がないので、仕方なく、まだ人の定らない、十番地の家にすることに決定して仕舞った。 敷金と、証文とをやり、八畳、六畳、三畳、・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・を書こうとも、取材を貫徹して、維新が、封建的地主絶対主義支配の門出であるという特性をわれらに示し、こんにちの窮乏した農民の革命的高揚、その娘が年々多く吉原に売られてくるという慄然たる事実の根源は、明治維新の農民搾取制度にみることが摘発されな・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・高杉早苗の新婚旅行の首途に偶然行きあわせたと云って、翌朝は工場のストーブのかげで互に抱き合い泣かんばかりに感激する娘たちの青春に向って、その境遇さながら、最もおくれた感情内容を最新の経済と科学の技術で結び合わした情熱の消耗品がうりだされてい・・・ 宮本百合子 「観る人・観せられる人」
・・・ さていよいよ九郎右衛門、宇平の二人が門出をしようとしたが、二人共敵の顔を識らない。人相書だけをたよりにするのは、いかにも心細いので、口入宿の富士屋や、請宿の若狭屋へ往って、色々問い質したが、これと云う事実も聞き出されない。それに容貌が・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・「これがお前の門出を祝うお酒だよ」こう言って一口飲んで弟にさした。 弟は椀を飲み干した。「そんなら姉えさん、ご機嫌よう。きっと人に見つからずに、中山まで参ります」 厨子王は十歩ばかり残っていた坂道を、一走りに駆け降りて、沼に沿うて街・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・和女はよも忘れはせまい、和女には実の親、おれには実の夫のあの民部の刀禰がこたび二の君の軍に加わッて、あッぱれ世を元弘の昔に復す忠義の中に入ろうとて、世良田の刀禰もろとも門出した時、おれは、こや忍藻、おれは何して何言うたぞ。おれが手ずから本磨・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫