・・・彼はあわただしい法戦の間に、昼夜唱題し得る閑暇を得たことを喜び、行住坐臥に法華経をよみ行ずること、人生の至悦であると帰依者天津ノ城主工藤吉隆に書いている。 二年の後に日蓮は許されて鎌倉に帰った。 彼は法難によって殉教することを期する・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・食色の慾が足り、少しの閑暇があり、利益や権力の慾火は断えず燃ゆるにしてもそれが世態漸く安固ならんとする傾を示して来て、そうむやみに修羅心に任せてもがきまわることも無効ならんとする勢の見ゆる時において、どうして趣味の慾が頭を擡げずにいよう。い・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 以上の所説は、一見はなはだしく詭弁をろうしたもののように見えるかもしれないが、もし、しばらく従来の先入観をおいて虚心に省察をめぐらすだけの閑暇を享有する読者であらば、この中におのずから多少の真の半面を含むことを承認されるであろうと信ず・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ところが今日はそれほどの閑暇もなし、また考えも纏まっておりません。だから上手であるべき講義も今日に限って存外拙い訳であります。 美術学校でこういう文学的の会を設立して、諸君の専門技芸以外に、一般文学の知識と趣味を養成せられるのは大変に面・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・他人に附合うも此通りにて、唯我家を大事に治めて、閑暇の時には自から其家を尋ねて往来音問自在なる可し。他家に嫁するは入牢にあらず、憚るに足らざるなり。又親里の事を誇りて讃め語る可らずとは念入りたる注意なり。徒に我身中の美を吹聴するは、婦人に限・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・叡智は奴隷の労役の上につくり出された閑暇の上に咲いていたから。ギリシア伝説の支配階級のものとしてのモラルは、それら賢人たちのモラルとして実感されていたのであった。現代の社会科学は一人の平凡な女性にもこの意味ふかい秘密をときあかして見せている・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
出典:青空文庫