・・・「私もう帰りますよ六時半までの約束が一つある、 ようやっと今から間に合うほどだから。 いつか上りますよ、誰かと一緒に――「ええそいじゃあ左様なら、 つれて来ても好いから半端な数にしちゃあいけませんよ。 こんな・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 翌日は、夜が大変更けた故か孝ちゃんの一家の眼を覚ましたのはもう九時近くであったので、学校の始業時間よりおくれて起きた女中が炊く御飯をたべて間に合う筈がない。「困っちゃったなあ、 僕やだなあどうしよう。 おいお前何故早く・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
この六月十三日に、母は五十九歳でその一生を終った。正月の末から私は不自由な境遇におかれていて、母の臨終には僅かに最後の十五分間で間に合う様であった。母は、私を待って、その時まで終るべき命を辛くも堪えていたように見えた。・・・ 宮本百合子 「母」
・・・尚子は故意と揶揄するように、「今なら間に合う。早く塩原へ行ってらっしゃい」と云って笑った。 四 その時は釣り込まれて笑った。が、藍子は夕方小石川の二階へ帰って来て、新緑の若葉照りにつつまれて明るい山径と・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・「新橋も今年の夏はこっちで暮らしたいらしいよ、間に合うだろうかね」 現在新橋に住んでいるのでそう呼ぶのかと石川は思った。すると或るとき、原宿の手塚が、「あの人も、元は新橋で鳴らしたものさ――太郎って云ってね」と云った。幸雄は・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・をしても、活溌で間に合うので、木村は満足している。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹で、近所をしゃべり廻るのを謂うのである。 木村は何か読んでしまって、一寸顔を蹙めた。大抵いつも新聞を置く・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そやけど瓦のかけらでもあろまいし、藁ばっかしで建てたら後が何なと間に合うがな、なア、そうしようまいか?」「藁かて二三十束も要るやないか。」「そんなもの、高が知れてるわして。あんな安次みたいな者を世話しといたら、功徳になるぞな。」・・・ 横光利一 「南北」
・・・それでも玄関へ降りた時には、さほど急がずに汽車に間に合うつもりであった。で、玄関に立ったまま、それまで忘れていた用事の話を思い出して、しばらく話し合った。 電車の停車場の近くへ来ると、ちょうど自分の乗るはずの上り電車が出て行くのが見えた・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫