・・・ 八 蘭 僕は時々狭い庭を歩き、父の真似をして雑草を抜いた。実際庭は水場だけにいろいろの草を生じやすかった。僕はある時冬青の木の下に細い一本の草を見つけ、早速それを抜きすててしまった。僕の所業を知った父は「せっかくの・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・斑ら生えのしたかたくなな雑草の見える場所を除いては、紫色に黒ずんで一面に地膚をさらけていた。そして一か所、作物の殻を焼く煙が重く立ち昇り、ここかしこには暗い影になって一人二人の農夫がまだ働き続けていた。彼は小作小屋の前を通るごとに、気をつけ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・彼れは道の向側の立樹の幹に馬を繋いで、燕麦と雑草とを切りこんだ亜麻袋を鞍輪からほどいて馬の口にあてがった。ぼりりぼりりという歯ぎれのいい音がすぐ聞こえ出した。彼れと妻とはまた道を横切って、事務所の入口の所まで来た。そこで二人は不安らしく顔を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ここから見渡すことのできる一面の土地は、丈け高い熊笹と雑草の生い茂った密林でした。それが私の父がこの土地の貸し下げを北海道庁から受けた当時のこの辺のありさまだったのです。食料品はもとよりすべての物資は東倶知安から馬の背で運んで来ねばならぬ交・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ その杉を、右の方へ、山道が樹がくれに続いて、木の根、岩角、雑草が人の脊より高く生乱れ、どくだみの香深く、薊が凄じく咲き、野茨の花の白いのも、時ならぬ黄昏の仄明るさに、人の目を迷わして、行手を遮る趣がある。梢に響く波の音、吹当つる浜風は・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・遣放しに手入れをしないから、根まわり雑草の生えた飛石の上を、ちょこちょことよりは、ふよふよと雀が一羽、羽を拡げながら歩行いていた。家内がつかつかと跣足で下りた。いけずな女で、確に小雀を認めたらしい。チチチチ、チュ、チュッ、すぐに掌の中に入っ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・石垣にサフランの花咲き、雑草生ゆ。垣の内、新緑にして柳一本、道を覗きて枝垂る。背景勝手に、紫の木蓮あるもよし。よろず屋の店と、生垣との間、逕をあまして、あとすべて未だ耕さざる水田一面、水草を敷く。紫雲英の花あちこち、菜の花こぼれ咲く。逕をめ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・丁度植物学者が路傍の雑草にまで興味を持って精しく研究すると同一の態度であった。 この点では私は全く反対であった。私は自分が悪文家であるからでもあろうが、夙くから文章を軽蔑する極端なる非文章論を主張し、かつて紅葉から文壇の野獣視されて、君・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・目の前には、いろいろの雑草の花が、はげしい日光を浴びながら咲いて、ちょうや、はちが飛び集まっているのがながめられましたけれど、ここだけは、まったく日が陰って、広い野を越えて吹いてくる風は、汗の引き込むほど涼しかったのでした。「そうだ。遠・・・ 小川未明 「曠野」
・・・その柵と池の間の小径を行くのだが、二人並んで歩けぬくらい狭く、生い茂った雑草が夜露に濡れ、泥濘もあるので、草履はすぐべとべとになり、うっかり踏み外すと池の中へすべり落ちてしまう。暗い。摺り足で進まねばならなかった。いきなり足を蹴るものがある・・・ 織田作之助 「道」
出典:青空文庫