・・・それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯するのを恐れるかのように条をなして、昼過ぎごろの空を斜めに吹下ろされた。……「これだけの子供もあるというのに、あなたは男だから何でもないでしょうけれど、私には・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・火影及ぶかぎりは雪片きらめきて降つるが見ゆ。地は堅く氷れり。この時若き男二人もの語りつつ城下の方より来しが、燈持ちて門に立てる翁を見て、源叔父よ今宵の寒さはいかにという。翁は、さなりとのみ答えて目は城下の方に向かえり。 やや行き過ぎて若・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・明るい電燈で、降ってくる雪片が、ハッキリ一つ一つ見えた。風がなかったので、その一つ一つが、いかにものんきに、フラフラ音もさせずに降っていた。活動常設館の前に来たとき入口のボックスに青い事務服を着た札売の女が往来をぼんやり見ていた。龍介はちょ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 僕は、いまいましいやら、不安なやら、悲しいやら、外套のポケットから吸いかけの煙草をさぐり出し、寒さにかじかんだれいの問題の細長い指先でつまんで、ライタアの火をつけ、窓外の闇の中に舞い飛ぶ雪片を見ていました。「伊藤は、こんどいくつに・・・ 太宰治 「女類」
・・・スリートとして挙げられているものの中には、以上のようなものの外に雪片のつながったのが一度溶けかけてまた凍った事を明示するようなものや、氷球の一方から雪の結晶が角を出しているのや、球の外側だけが氷で内部は水のままでいるのもある。 次に雨氷・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・夜じゅう相当に積った上へ時々明るく雪片が舞い下りている。 三月で、近くの地面の底にも、遠くの方に見える護国寺の森の梢にも春が感じられる、そこへ柔かく降り積む白雪で、早春のすがすがしさが冷気となってたちのぼるような景色であった。 藍子・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・中條精一郎墓と書かれた墓標をめぐって、ここで見上げていると同じに雪片が絶え間なく舞い飛ぶ有様がまざまざと目に泛び、優しい、悲しい、同時によろこばしいような感動が鋭く、滲みとおるように胸にひろがった。ひどく降るのが二月の勢のいい雪であることが・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫