・・・おやと思うと案内者が「雷鳥です」と言った。形は見えない。ただやみの中から鋭い声をきいただけである。人をのろうのかもしれない。静かな、恐れをはらんだ絶嶺の大気を貫いて思わずもきいた雷鳥の声は、なんとなくあるシンボルでもあるような気がした。・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・ 明治も四十年代に入ったころ、平塚雷鳥などの青鞜社の運動があった。封建的なしきたりに反対して女も人間である以上自分の才能を発揮し、感情の自主性をもってしかるべきものと主張した。田村俊子の文学は明治の中葉から大正にかけて日本の女がどういう・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・が発刊された頃には婦人の社会的な問題の土台に生産の諸関係を見、婦人の間に社会層の分裂が生じる必然の推移までを見て、平塚雷鳥が主観の枠内で女性の精神的自己解放をとなえていた到達点を凌駕した。彼女は明治三十四年に女子の工芸学校を創立したりして、・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 一葉の時代でも或る種類の――内田魯庵という風な評論家たちはやはり一葉なんかの文学に対していろいろ疑問を持っていたけれども、平塚雷鳥の出た明治四十年頃、青鞜社の時代という頃には女の人自身が自分達で自分達の才能を発揮するようにという希望で・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・ 平塚雷鳥を主唱者とした「青鞜社」の運動は、日本にイブセンとかエレン・ケイとか、婦人の解放を観念の面から取扱った思想が文芸運動として輸入された一九〇八年頃結成された。『青鞜』は文化運動としての女性の天才の発揮、限りない知的能力の発露とい・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫