・・・ どうでもなれ、左を試みに振ると、青玉も黄玉も、真珠もともに、月の美しい影を輪にして沈む、……竜の口は、水の輪に舞う処である。 ここに残るは、名なればそれを誇として、指にも髪にも飾らなかった、紫の玉ただ一つ。――紫玉は、中高な顔に、・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 黒い毛氈の上に、明石、珊瑚、トンボの青玉が、こつこつと寂びた色で、古い物語を偲ばすもあれば、青毛布の上に、指環、鎖、襟飾、燦爛と光を放つ合成金の、新時代を語るもあり。……また合成銀と称えるのを、大阪で発明して銀煙草を並べて売る。「・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・そして、その緑色の葉の一つ一つは、青玉のように美しく日に輝いていました。 父親は子供がうれしそうに、木の葉の動くのをながめて笑っているようすを見るにつけ、また水たまりをおもしろそうにのぞき込んだようすを思い出すにつけ、この世の中が、どん・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
・・・まるで翡翠か青玉で彫刻した連珠形の玉鉾とでも云ったような実に美しい天工の妙に驚嘆した。たった二十倍の尺度の相違で何十年来毎日見馴れた世界がこんなにも変った別世界に見えるのである。ワンダーランドのアリスの冒険の一場面を想い出した。顕微鏡下の世・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・霜枯れ時だのに、美しい常磐木の緑と、青玉のような水の色とが古びた家の黄や赤や茶によくうつります。 ゴンドラもおもしろく、貧しい女も美しく見えます。 ローマから ローマへ来て累々たる廃墟の間を彷徨しています。き・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 宣徳の香炉に紫檀の蓋があって、紫檀の蓋の真中には猿を彫んだ青玉のつまみ手がついている。女の手がこの蓋にかかったとき「あら蜘蛛が」と云うて長い袖が横に靡く、二人の男は共に床の方を見る。香炉に隣る白磁の瓶には蓮の花がさしてある。昨日の雨を・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・冠の底を二重にめぐる一疋の蛇は黄金の鱗を細かに身に刻んで、擡げたる頭には青玉の眼を嵌めてある。「わが冠の肉に喰い入るばかり焼けて、頭の上に衣擦る如き音を聞くとき、この黄金の蛇はわが髪を繞りて動き出す。頭は君の方へ、尾はわが胸のあたりに。・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・景色は美くしい。青玉のような果が鈴なりに成った梅の樹の何処かで、百舌鳥の雛っ子が盛に鳴き立てるのを聞きながら、自分は庭先の「うこぎ」の芽の延び過ぎたのを樹鋏みで切って居た。 東京では如何うだか、東北地方では、「うこぎ」を生垣にして置いて・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・真っ蒼に澄み切った、まだ秋らしい空の色がヴェランダの硝子戸を青玉のように染めたのが、窓越しに少し翳んで見えている。山の手の日曜日の寂しさが、だいぶ広いこの邸の庭に、田舎の別荘めいた感じを与える。突然自動車が一台煉瓦塀の外をけたたましく過ぎて・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫