・・・いつもの癖で、不愉快な場面を非人情に見る、――そうすると反対におもしろく見えて来る――その気持がものになりかけて来た。 下等な道化に独りで腹を立てていた先ほどの自分が、ちょっと滑稽だったと彼は思った。 舞台の上では印度人が、看板画そ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・遂にころげ落ちた父が、哀れややっと起き直って前方を眺めると、自転車ばかりが非人情にも主人をのこして遙か彼方へ進行している。そういう絵がペンとインクで描いてありました。 子供たち私共は、その絵ハガキが大好きで父がかえって後も度々出しては見・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・自分の才能がまだ自分でさえ確り掴めないうちに、非人情的大都会の孤独な日常生活が魂の底を脅かし始めるという状態をはる子ははっきり理解出来た。千鶴子はその時、失敗して帰国した兄の知人の家で家事の手伝いをしていた。そこの老夫婦と面白くないこともあ・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・終りに近く、作家の書く態度の一つとして、私は自分が現実に対して人情に堕せず、非人情に描いて行く力を欲しているという意味のことを云った。同座していられた宇野千代さんが、それに賛成され、本当にそうしたら亭主のことでも悪く書けていい、という意味の・・・ 宮本百合子 「パァル・バックの作風その他」
・・・我々は非人情を呼ぶ声の裏にあふれ過ぎる人情のある事を忘れてはならない。娘がめっかちになって自分の前に出て来ても、ウンそうかと言って平気でいられるようになりたい、という言葉の奥には、熱し過ぎた親の愛が渦巻いているのである。 超脱の要求は現・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫