・・・がおりませんならば、不幸一歩を誤りて戦敗の非運に遭いまするならば、その国はそのときたちまちにして亡びてしまうのであります。国家の大危険にして信仰を嘲り、これを無用視するがごときことはありません。私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・そして雲はなにかそうした安逸の非運を悲しんでいるかのように思われるのだった。 私は眼を溪の方の眺めへ移した。私の眼の下ではこの半島の中心の山彙からわけ出て来た二つの溪が落合っていた。二つの溪の間へ楔子のように立っている山と、前方を屏風の・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・桂正作は武士の子、今や彼が一家は非運の底にあれど、ようするに彼は紳士の子、それが下等社会といっしょに一膳めしに舌打ち鳴らすか、と思って涙ぐんだのではない。けっしてそうではない。いやいやながら箸を取って二口三口食うや、卒然、僕は思った、ああこ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ あの言葉、この言葉、三十にちかき雑記帳それぞれにくしゃくしゃ満載、みんな君への楽しきお土産、けれども非運、関税のべら棒に高くて、あたら無数の宝物、お役所の、青ペンキで塗りつぶされたるトタン屋根の倉庫へ、どさんとほうり込まれて、ぴし・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・て品評すれば、文に武に智に勇におのおの長ずるところを殊にすれども、戦国割拠の時に当りて徳川の旗下に属し、能く自他の分を明にして二念あることなく、理にも非にもただ徳川家の主公あるを知て他を見ず、いかなる非運に際して辛苦を嘗るもかつて落胆するこ・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・それから弥一右衛門の追腹、家督相続人権兵衛の向陽院での振舞い、それがもとになっての死刑、弥五兵衛以下一族の立籠りという順序に、阿部家がだんだん否運に傾いて来たので、又七郎は親身のものにも劣らぬ心痛をした。 ある日又七郎が女房に言いつけて・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫