・・・各小学校の校長先生たちや、郡長さん始め、県の役人なども沢山いるところで、私たちは非常に面目をほどこしてから、受持の先生に引率されて帰ってきたが、それから林と私はますます仲良しになった。 あるとき林の家へいって遊んでると、林が大きな写真帳・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・東京の町々はその場処場処によって、各固有の面目を失わずにいた。例えば永代橋辺と両国辺とは、土地の商業をはじめ万事が同じではなかったように、吉原の遊里もまたどうやらこうやら伝来の風習と格式とを持続して行く事ができたのである。 泉鏡花の小説・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・そうするといかにも自分に対して面目なくなります。その次には、自分の浮気や得意はこの場限りで、もう少しすると平生の我に帰るのだが、ほかの人のは、これが常態であって、家へ帰っても、職務に従事しても、あれでやっているんだと己惚れます。すると自分は・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・実際の真面目を言えば、常に能く夜を守らずして内を外にし、動もすれば人を叱倒し人を虐待するが如き悪風は男子の方にこそ多けれども、其処を大目に看過して独り女子の不徳を咎むるは、所謂儒教主義の偏頗論と言う可きのみ。一 女子は稚時より男・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・これ後世の文学が面目を新たにしたるゆえんなり。要するに主観的美は客観を描き尽さずして観る者の想像に任すにあり。 客観的、主観的両者いずれが美なるかは到底判し得べきにあらず。積極的、消極的両美の並立すべきがごとく、これもまた並立して各自の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・音楽を専門にやっているぼくらがあの金沓鍛冶だの砂糖屋の丁稚なんかの寄り集りに負けてしまったらいったいわれわれの面目はどうなるんだ。おいゴーシュ君。君には困るんだがなあ。表情ということがまるでできてない。怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・余は彼が何処までも彼の面目を失ふことなく、其恋を終始せんとするを見て今更に云ふ可からざる感慨に入らんとするなり。嗚呼彼女の堅き頑なゝる皮殼を破りて中心に入り、彼女が聖愛によりて救はるゝの時来らん事を見るは如何によき事なる可きぞ。余は主の摂理・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・母もよめも改まった、真面目な顔をしているのは同じことであるが、ただよめの目の縁が赤くなっているので、勝手にいたとき泣いたことがわかる。杯盤が出ると、長十郎は弟左平次を呼んだ。 四人は黙って杯を取り交わした。杯が一順したとき母が言った。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ただし物語に紛れて遅れては面目なかろう。翌日ごろはいずれも決めて鎌倉へいでましなさろうに……後れては……」「それもそうじゃ,そうでおじゃる。さらば物語は後になされよ。とにかくこの敗軍の体を見ればいとど心も引き立つわ」「引き立つわ、引・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・そういう人にとっておのれの面目が命よりも貴いのは、外聞に支配されるからではなく、自敬の念が要求するからなのである。同様に、おのれの意地ぎたなさや卑しさは、おのれ自身において許すことができぬ。だからここでもおのれ自身のなかから、男らしさの心構・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫