・・・ぎらすせめてもの手段は、不可能なる反抗でもなく、憤怒怨嗟でもなく、ぐっとさばけて、諦めてしまって、そしてその平々凡々極まる無味単調なる生活のちょっとした処に、ちょっとした可笑味面白味を発見して、これを頓智的な極めて軽い芸術にして嘲ったり笑っ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・家人の病気に手療治などは思いも寄らず、堅く禁ずる所なれども、急病又は怪我などのとき、医者を迎えて其来るまでの間にも頓智あり工風あり、徒に狼狽えて病人の為めに却て災を加うること多し。用心す可き事なり。例えば小児が腹痛すればとて例の妙薬黒焼など・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ くだらない俗人女か頓智一つ持ち合わせない職場の棒杭かじゃないか! そういう無智な圏境で――カーチャ! カーチャは腕時計をのぞき、それから放ぽり出されている書類入鞄をひろって、フェージャにわたしながら云った。 ――さ! この報告は今・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・「自分の一生懸命な質問は、明かに弱味を見せたくなさ、尊敬を失いたくなさに根差している虚勢で、お為ごかしの否定を与えられ、また或る種の人々は、彼の口軽な、頓智のいい戯談で、巧にはぐらかしてしまう。それで自分がすまされると思うのか、今に忘れ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ が、頓智で、「御堂ですよ」と、註釈を加えた。――少女は育ちのよい娘らしく、わだかまりない容子で、「ああ、御堂!」と叫んだ。御堂なら、橋を渡った方が近いのだそうだ。 赤土の泥濘を過ぎ、短い村落の家並にさしかかった。道・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 食後等はよくその頓智の利く「おどけ」で家中が笑わされました。 兄姉達は皆彼を愛し尊がって居るのですから今度の病気がどんなに多くの頭を混乱させたかと云う事は略誰にだって想像はつきます。 母は彼の床に就いたっきりで二食が一度きりに・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・その時に、氏族中の一人の女であった鈿女命が頓智を出して、極めて陽気な「たたら舞」をした。それをとりまいて見物している神々が笑いどよめいた声に誘われて、好奇心を動かされた女酋長がちょいと岩戸を隙かしたところを、手力男命が岩を取り除けて連れ出し・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫