・・・…… 年増分が先へ立ったが、いずれも日蔭を便るので、捩れた洗濯もののように、その濡れるほどの汗に、裾も振もよれよれになりながら、妙に一列に列を造った体は、率いるものがあって、一からげに、縄尻でも取っていそうで、浅間しいまであわれに見える・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・……行暮れた旅人が灯をたよるように、山賊の棲でも、いかさま碁会所でも、気障な奴でも、路地が曲りくねっていても、何となく便る気が出て。――町のちゃら金の店を覗くと、出窓の処に、忠臣蔵の雪の夜討の炭部屋の立盤子を飾って、碁盤が二三台。客は居ませ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・殊に視力を失って単なる記憶に頼るほかなくなってからでも毫も混錯しないで、一々個々の筋道を分けておのおの結末を着けたのは、例えば名将の隊伍を整えて軍を収むるが如くである。第九輯巻四十九以下は全篇の結末を着けるためであるから勢いダレる気味があっ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ べつに、頼るところのない若者は、やはり自ら、勤める口を探さなければなりませんでした。 彼は、それからというものは毎日、あてもなく、あちらの町こちらの町とさまよって、職を求めて歩いていました。 空の色のうす紅い、晩方のことであり・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
あるところに、だれといって頼るところのない、一人の少年がありました。 少年は、病気にかかって、いまは働くこともできなかったのであります。「これからさき、自分はどうしたらいいだろう。」と考えても、いい思案の浮かぶはずもなかったの・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・それ故に、僅かに、神の与えた聡明と歯牙に頼るより他は、何等の武器をも有しない、すべての動物に対して、人間の横暴は極るのであります。 斯の如きことを恥じざるに至らしめた、利益を中心とする文化から解放させなければならぬ。昔の人間は、常に天を・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・ この二人は、まったく親もなければ、他に頼るものもなかった。この広い世界に、二人は両親に残されて、こうしていろいろとつらいめをみなければならなかったが、中にも弱々しい、盲目の弟は、ただ姉を命とも、綱とも、頼らなければならなかったのです。・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・そんな時、僕は自分の視力に頼るほかはないのだが、幸い僕は眼が良い。はや僕は己惚れを取り戻すのである。 僕はこんな風に思うのである。森鴎外でも志賀直哉でも芥川龍之介でも横光利一でも川端康成でも小林秀雄でも頭脳優秀な作家は、皆眼鏡を掛けてい・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・同様にして、芸術が上昇せんが為には、矢張り或る抵抗のお蔭に頼ることが出来なければなりません。」なんだか、子供だましみたいな論法で、少し結論が早過ぎ、押しつけがましくなったようだ。 けれども、も少し我慢して彼のお話に耳を傾けてみよう。ジイ・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・ 案内者のいう所がすべて正しく少しの誤謬がないと仮定しても、そればかりに頼る時は自身の観察力や考察力を麻痺させる弊は免れ難い。何でも鵜呑みにしては消化されない、歯の咀嚼能力は退化し、食ったものは栄養にならない。しかるに如何なる案内者とい・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
出典:青空文庫