・・・しかし毎日汽車になど乗れば、一ダズンくらいの顔馴染みはたちまちの内に出来てしまう。お嬢さんもその中の一人である。けれども午後には七草から三月の二十何日かまで、一度も遇ったと云う記憶はない。午前もお嬢さんの乗る汽車は保吉には縁のない上り列車で・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・帳場には自分も顔馴染みの、髪を綺麗に分けた給仕頭が、退屈そうに控えている。「あすこに英語を教えている人がいるだろう。あれはこのカッフェで頼んで教えて貰うのかね。」 自分は金を払いながら、こう尋ねると、給仕頭は戸口の往来を眺めたまま、・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・たびに他アやんの店へ寄っていたから、他アやんとは顔馴染みであった。 私がこの他アやんを見舞ったのは、確か「復活する文楽」という記事が新聞に出ていた日のことであった。文楽は小屋が焼け人形衣裳が焼け、松竹会長の白井さんの邸宅や紋下の古靱太夫・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
出典:青空文庫