・・・「いや、おれはお前の願いなぞは聞かない。お前はおれの言いつけに背いて、いつも悪事ばかり働いて来た。おれはもう今夜限り、お前を見捨てようと思っている。いや、その上に悪事の罰を下してやろうと思っている」 婆さんは呆気にとられたのでしょう・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・彼れは先ず親方は親で小作は子だと説き出して、小作者側の要求をかなり強くいい張った跡で、それはしかし無理な御願いだとか、物の解らない自分たちが考える事だからだとか、そんな事は先ず後廻しでもいい事だとか、自分のいい出した事を自分で打壊すような添・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「どうぞ、願います。」「まあ、人様のもので、義理をするんだよ、こんな呑気ッちゃありやしない。串戯はよして、謹さん、東京は炭が高いんですってね。」 主人は大胡座で、落着澄まし、「吝なことをお言いなさんな、お民さん、阿母は行火だ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ いかがでしょうか、物の十分間もかかるまいと思いますから、是非お許しを願いたいですが、それにこのすぐ下は水が深くてとうてい牛を牽く事ができませんから、と自分は詞を尽して哀願した。 そんな事は出来ない。いったいあんな所へ牛を置いちゃい・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・これらの問題に興味を有せらるる諸君はじかに私についてお尋ねを願います。 * * * * 今、ここにお話しいたしましたデンマークの話は、私どもに何を教えますか。 第一に戦敗かならずしも不幸に・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・しかし、その願いもかまわないばかりか、せめて、そのお姉さんの顔を一目でもいいから見たいものだと思いました。「お母さま、そのお姉さんは、どんなお方でしたの?」と、のぶ子は、どうかして、そのかわいがってくださったお姉さんを、できるだけよく知・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・どうでしょう、私はもとよりのこと、お仙もぜひお世話が願いたいとそう申しているのですが……向う様のお口振りはどんなでしょう?」「向うですか……」と言って、お光は黙って考えている。 媼さんは心もとなげに眺めていたが、一段声を低めて、「こ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ああ、これから天国のお庭の梨の実を盗んで参りますから、どうぞお目留められて御一覧を願います。」 爺さんはそう言いながら、側に置いてある箱から長い綱の大きな玉になったのを取り出しました。それから、その玉をほどくと、綱の一つの端を持って、そ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・銀行へ預ける身分になりたいとは女房の生涯の願いだったが、遂に銀行の通帳も見ずに死んでしまったよ」「ふーん」 私は半信半疑だったが、「――二千円で何を買ったんだ」「煙草だ」「見たところよく吸うようだが、日に何本吸うんだ」・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度帰ることになって居るのですから、どうかこの十五日まで御猶予願いたいものですが、……」「出来ませんな、断じて出来るこっちゃありません!」 斯う呶鳴るように云った三・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫